弟者家はいろいろな動物を飼っていた。それぞれ思い出深いが、今日は亀の話。主人公は兄者である。そのとき兄者が飼っていたのはリクガメで、子供の手のひらを広げたぐらいの大きさであった。名前はつけていなかったが、ここでは慣例に従い亀者としておく。
亀は動きが力強く意外と素早い。野菜をあげればなんでもよく食べるので張り合いがある。表情豊かで、飽きない。そしてなにより甲羅に被われた見た目がかっこいい。インコなどと違って一緒に遊べるのもポイント高い。というわけで兄者にしては珍しく図書館の本で亀の飼い方を勉強し、日々せっせと亀者の餌やり、水の交換などのお世話をしていたわけである。そう兄者は亀者が大好きだった。
亀者の冬眠
春が過ぎ、夏が終わり、亀者と過ごす初めての秋がやってきた。兄者の亀の飼い方マニュアルにはこう書いてあった。
「亀は冬になると冬眠しなければなりません。こうやって冬眠させましょう。」
- 地面に30cmほどの穴を掘ります。
- そこに亀を置きます
- 空の植木鉢をひっくり返してその上に置きます
- 植木鉢の底の穴から土がはいらないように石で穴をふさぎましょう
- 上から土をかぶせましょう
- See you next year!
ご丁寧に図まで着いていた。これである。
適当すぎないか?亀を生き埋めにしてないか?と小学生の兄者にも、腑に落ちない点が多かった図である。
たとえば弟者家のような雪国であれば、地面から30cm程度の深さだと冬には確実に気温が氷点下になり凍りつく。水は?なにより空気は?兄者は直感でこの方法は危険だと感じていたが、一方で、本には「亀は冬眠させないといけない」とも書いてあるわけである。悩んだ結果、兄者は本を信じることにした。専門家の書いた本に間違いがあるはずがないではないか。
秋も深まったある日のこと、兄者は弟者と共に亀者の冬眠の準備を行った。まったく本の通りにである。まず庭の比較的土が軟らかく掘りやすいところをスコップで掘る。小学生が30cm掘るのだからなかなか大変だ。(弟者に手伝わせた。)そうしてできた穴に大事な亀者をそっと置いた。
次に植木鉢を上から被せるところだが、兄者は亀者が冬眠から覚めた時になにか食べたくなるだろうという配慮のもと、亀者の好きな野菜をいくつか穴にいれておいた。亀者を思えばこそである。亀者に来春の再会を誓い、植木鉢を被せ、穴を石でふさぎ、上からそっと土を被せる。全ての作業がおわったあと、弟者が周辺をドスドス踏み固めていた気もするがそれはご愛敬というもの。
亀者の冬眠準備は本の指示通りおわった。兄者は一抹の不安を覚えつつも、本の内容を信じて亀者との再会を待つことにした。
亀者との再会
翌年の春、兄者は3月のまだ地面が雪に覆われている頃から、亀者が冬眠から覚めて、地上にはいあがってくるのを今や遅しと待っていた。
結局その春、亀者は冬眠から覚めなかった。
誰でもうっかり寝坊をするときはある。そう思って兄者は待った。
夏。亀者は冬眠から覚めなかった。
二度寝あるいはトラブルだろうか。辛抱強く待つことにした。亀者にだっていろいろな都合がある。
そうして亀者が冬眠から覚めないまま、次の冬が来た。
兄者は泣きたい気持ちになった。
もしかしたら亀者は兄者が見ていないところで冬眠から覚め、そして逃げていったのかもしれない。そんなことは冬眠させた場所を掘り返してみればすぐ分かることだが、兄者にそれは出来なかった。もしそこで亀者が死んでいたら・・・と思うと。
結局、亀者は冬眠から覚めたのか真相は分かっていない。ただ亀の飼育方法について調べてみると、最近では亀を冬眠させることは危険が伴う行為として認知されており、また冬眠させる場合にはいくつかの手順を踏む必要があることが分かった。20年前のあのマニュアル本の解説にはそんなこと書いてなかったのになぁ・・・
亀者の冬眠土葬は、本の内容を鵜呑みにせず、自分の直感を信じることの大切さを教えてくれた。