May 3, 2011
犯人はみんなも知ってるあいつだ! 書評「檻の中の少女」
主人公が情報セキュリティのエキスパートという一風変わったハードボイルド小説「檻の中の少女」。出版社から献本いただいたので読んでみた。おもしろいので日本のセキュリティコミュニティの人は読んでみて欲しい。
話の筋を大雑把に説明すると、ミトラスという自殺志願者とトリガー(自殺者の背中を押す人)の出会いサイトがあり、そこではメンバーのメッセージのやり取りだけでなくお金や証明書のやり取りもされていて、怪しい人たちが集う場になっている。このサイトのせいで息子が自殺してしまったという両親が主人公に調査を依頼するというストーリー。ミトラスの仕組みを理解するまでは若干読み進めるのがつらい。
セキュリティ業界の人が書いているので技術、法律、実在する組織などの描写はダン・ブラウンの小説やその辺の大作映画よりよっぽど正確になされていて、「ん?」とひっかかるところがなく、安心して読める。それはつまり、一般読者には難解ではないかと心配してしまうが、著者も難しいのは仕方ないと割り切ってるのだろう。
物語には現実と虚構とその中間にある少しの虚構が入り交じっている
現実とは、たとえばシステムがC++とJavaの組み合わせでできているとか、勉強会の後にルノアールで懇親会をして、しかもお会計をきっちり割り勘するだとか、サイバーディフェンスの人が実名で登場しているだとかそういった事細かな点である。エンジニアが使い捨てられるだとか、日本のセキュリティの専門家が金融に弱いとか耳の痛い現実も含めて、筆者は残酷なまでに現実を書き上げている。
少しの虚構というのは例えばNISCっぽい組織であり、まっちゃっぽい勉強であったりする。物語の舞台となるミトラスも実在こそしないが、今後もないかといえば誰もが明確には否定出来ない。荒唐無稽というよりはバーチャルリアリティに近い。
そしてさらに完全な虚構が存在する。つまりは殺人事件であったり、「少女」の物語(ここは最後まで読まないとわからない)という物語の核である。
この本を僕がセキュリティ業界の人におすすめするのは、この小説の舞台が僕たちにとってあまりに現実的であるために自分があたかも登場人物の一人になった感覚になれるからである。
普通の読者は「少しの虚構」「完全な虚構」の2つのレイヤーを味わうが、僕たちなら「現実」を含めて3つのレイヤーを行き来しながら、物語の中に自分自身を見出すことができる。小説の主人公になり切るのではなく、主人公と協力して真相に迫っていく気持ちが味わえるのはこの本の醍醐味である。
この本がヒットしたらきっと業界の人と飲みにいく時に「檻の中の少女よんだ?」という話になるんだろう。多分みんなが「このセキュリティ業界に美人女子高生なんてありえない!」と本作最大の脆弱性に突っ込むに違いない。それはそれで楽しそうだが、僕は「和田」派であると最初にここで明言しておく。