亀の甲より年の功とはよくいったもので、お年寄りの話は役立つものである。がしかし、兄者の経験上、一つだけ知恵袋に頼ってはいけない分野がある。それは「怪我や病気の手当の方法」である。例えば「突き指をしたら、その指を引っぱる」がその代表格だ。現在の医学ではやってはいけないとされる誤った手当て/健康法をここでは婆者トンデモ医療と呼ぶことにし、その実態を紹介したい。
婆者トンデモ医療の悲惨な実態
兄者と弟者は怪我が絶えなかった。遊ぶ場所は野外だったし、殴り合いや蹴り合いの兄弟喧嘩を毎日していたからだ。怪我をした弟者達がどんな治療をうけたか具体例を紹介しよう。
軽い切り傷、擦り傷には唾液
唾液は婆者医療における万能薬である。とにかく何かあったら、「つばを付けておけば直る」そう信じられていた。
打ち身はよく揉む
打ち身などでできた青い痣はよく揉めば、青い部分が広がって消えていくと信じられていた。猿のように患部を揉んだよなぁ。あと同様に予防接種などの注射のあとも、よく揉めと教えられ、これも友人達と競うように高速で揉んだ。
やけどにはアロエ
やけどした時には鉢植えのアロエの葉を切り取り、皮をむき、中のゼリー状の部分を患部にあてる。アロエの臭いがつらかった。
風邪には長葱
風邪をひいたとき婆者が葱を刻んでタオルに巻き込んだ「特製ねぎタオル」を勝手に用意してきた。首の周りに葱をまいた経験のない読者がもしかしたらいるかもしれないので解説しておくと、葱の刺激臭は首からダイレクトに目と鼻を襲う。息もできないし、目も開けられない生き地獄である。あまりの評判の悪さから、以後禁じ手となった。
つまるところ、病気や怪我の回復を助けるどころか、逆方向に作用するのが婆者トンデモ医療なのである。
婆者だけでなかったトンデモ医療
婆者の名誉の為に付け加えるなら、この時代のお年寄りは多かれ少なかれこのような危険な知恵を持っている。モノも情報も少なかった生み出した時代の徒花とでも呼べばいいのだろうか。
蜂にさされたら小便
たとえば母方の爺者は「蜂にさされたらションベン」と信じこんでいた。兄者は、あるとき爺者の庭でミツバチにまぶたの辺りをさされた。そして蜂に刺された痛みより、爺者の小便を顔にかけられる恐怖に震えた。結局この時は母者が止めに入り、兄者は事なきをえている。
蜂にさされたら沢ガニ
この手の話で僕が聞いた中で一番面白かったのは、高校時代の同級生まきさんの逸話である。
彼がやはり蜂に刺されたとき、同居している婆者は「蜂にさされたら沢ガニが一番効く」と言ってきかなかったそうだ。そして自ら、近くの小川にいき沢ガニをつかまえ、それをすり鉢とすりこぎでミンチにした。
グッチャグッチャグッチャグッチャ・・・。
そして、できあがった沢ガニのミンチをまきさんの患部に塗りつけたらしい。まきさんの感想は「死ぬほど生臭い」の一言だった。
沢ガニの体表は雑菌の宝庫であり、そんなもののミンチを体に塗りたくるのは不衛生な事だと思われる。おもしろいですんだのは祖母譲りのまきさんの丈夫な体のお陰なので、皆さんは決してまねしないように。
そんなわけでお年寄りと住んでいると多かれ少なかれ、トンデモ医療の被害にはあうのである。
とはいえ
とはいえ可愛い孫の為に葱を刻み、沢ガニをつぶす婆者たちの愛を僕らはわすれない。
あの息もできない、目も開けられない状況に追い込まれて初めて弟者は健康の大切さを知り、日頃の乱れた生活を悔い改めさせられたのである。