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Jun 7, 2020

5月の光景

いよいよ夏っぽい天気になってきた。暑い日に通気性の良い短パンで、後ろから強めの扇風機をかけて仕事をすると、とても気持ちいい。スーツを着て、エアコンの聞いた部屋で仕事するより3倍気持ちいい。在宅勤務のいいところをまた1つみつけた。




2020年5月4日 月曜日
取引先とのZoom飲み会

2020年5月7日 木曜日
リングフィットアドベンチャーが届く。

2020年5月9日 土曜日
山口先生の命日。柏にあるお墓を訪れることはかなわないが、たまたま同僚の一人がお墓のあるお寺の近くに住んでいる。彼にカメラをもってお墓までいってもらう様子をZoomで中継、残りの人達は自宅から参加した。

2020年5月10日 日曜日
公園に行くも遊具は使用禁止。仕方ないのでモグラの穴を探して掘るという遊びで時間をつぶす。夜はたこ焼き器を使って家でたこ焼き。ソーセージやチーズなどの変わり種を試すも、結局タコが美味しいねという結論に。
母の日なので花束をプレゼント。


2020年5月11日 月曜日
家から少し遠いラーメン屋さんがスープと生麺の持ち帰りサービスを初めていると知り、早速店舗を訪れる。
ネギやチャーシュなどのトッピングもついて1人前540円。久しぶりの本格的なラーメンは、体にしみいる感覚。

2020年5月12日 火曜日
自宅の光がアップロード1Mbps出なかったので速くするために、1)WifiのAP買い替え、2)ISP乗り換え、3)IPoE利用、PPPoE避けるを段階的に実施。速度テストはISPや設備よりも計測する時間帯の影響が出やすいので、本当は毎日同じ時刻に測らないと意味ない。が、up 0.62 down 18.4が200を超えたので満足。遅いのはエキサイト光が悪いと決めつけ、エキサイト怒り状態だった。今、改めて振り返ると、原因は宅内のWifiにもあったし、なによりNTTのPPPoE向け網終端装置のキャパオーバーが大きい。


2020年5月14日 木曜日
子供が自分用の小さな机を、仕事部屋に持ち込んできた。仕事する父の横で勉強をするらしい。頑張れ!


2020年5月15日 金曜日
5月は税金の季節ですね。確定申告でお金がもどってきて、自動車税に、固定資産税を払う準備。午後は大学院のゼミ。発表を聞く。

2020年5月18日 月曜日
有斐閣のジュリスト 5 月号の特集はプラットフォーム規制の現在地。5つの法律家、実務家の論文で構成。巨大IT企業を規制する動きを解説するだけでなく、事業者の視点から規制すべきでない理由も語られる。どの論文がというより、特集全体として面白い。

  • 「自分は単なる場の提供者にすぎず,利用者の行為に起因する権利侵害には責任を負わない」というよく聞く主張を森亮二論文は「プラットフォームの抗弁」と表現。藤井・角田論文は「プラットフォーム事業者は営利企業で、公益を担うインフラ企業とは一線を画す」そして曖昧な空気感による萎縮を懸念。これらの法律家の議論に続く日本のネット企業を率いた別所氏の論文は、プラットフォーム以前の技術も批判にさらされた中を成長してきたと例示し、規制による萎縮という言い訳をしないで、企業は挑戦し続けるべきと結んでて、かっこいい。
  • いずれの論文でも、「一国二制度」「域外適用」など表現の違いはあれ、多国籍に活動するプラットフォーム事業者を一つの国のルールで縛ることの難しさに触れている。そこは検討の途上にあるようである。


2020年5月20日 水曜日
稲田 俊輔「南インド料理店総料理長が教えるだいたい15分!本格インドカレー」 のサバカレーレシピ。外食できない今、家でこんな美味しいカレーが食べられるなんて。長い時間煮込んでこそ美味しいというカレーの常識を超越するレシピ本である。



2020年5月21日 木曜日
家の外構工事について打ち合わせ。データセンターについての勉強開始。

2020年5月22日 金曜日
取引先との打ち合わせ、その後オンライン懇親会。オンライン飲み会で参加者15人くらいになると話す人が限られてしまうかもしれないという不安から、各自決められた時間で「自分史上最高の何か」を発表する会にした。玄人はだしの書家、ハンドボールマスター、滝巡りなど、仕事だけだとなかなか見えない個性が見える良い会となった。

2020年5月23日 土曜日
外出自粛になってから隔週でおこなっている学生時代の友人とのオンライン飲み会。定期イベント化。

2020年5月24日 日曜日
新鮮なアジを3尾。自分で3枚におろす。いつも動画でみているようにはいかないが、及第点。

2020年5月26日 火曜日
朝のジョギングをしながら聞き続けていた、Wind of ChangeというポッドキャストについてTwitterにまとめを投稿した。米CIAが冷戦中にロックバンドを使って情報工作をしたという内部情報を追跡した番組で45分x8エピソードの大作である。おすすめ。


  • Wind of Changeは西ドイツのハードロックバンド スコーピオンズが1990年にアルバムに収録した曲。1991年1月にシングルカットされ、チャートを席巻した。ドイツだけで600万枚のセールス。冷戦で東西の行き来が少ない中、ソ連国内でも大ヒットし、自由化への期待を高めたと言われる。
  • パトリック・キーフ記者はCIAの複数の職員から、この曲はCIAがソ連の混乱を企図して作ってスコーピオンズに歌わせたという話を聞き、調査に乗り出す。キーフは政府に『スコーピオンズとCIAの関係」についての情報公開を請求するがもちろんゼロ回答。
  • CIAがポップカルチャーを使って情報操作をした例はいくつかある。映画アルゴで描かれたのは、CIAが映画会社を作って、偽の脚本まで書いて、偽映画のロケと偽って、イランに人質救出に向かった様子。 巨匠ルイ・アームストロングは国務省の企画に協力し、アフリカの27都市へのツアーを行った。動乱の真っ只中のコンゴでもコンサートをした。コンサートの4ヶ月後に、1961年1月にルムンバ首相が殺害される。この一件はCIAの関与が疑われている。
  • ソ連の情報機関はアメリカのロック音楽にかぎらずポップカルチャーの流入を警戒していた。ロックバンドは政府公認になって検閲を受け入れるか、非公認バンドで不自由を受け入れるかの2択だった。後者はテープにしかレコーディングできない、職業として認められないなどの不利益があった。1980年代レニングラード・ロック・クラブというKGBが目をつけたクラブが唯一ロックを演奏して良い場所だった。監視は行われたが、そこからキノーなどのロシアのバンドが育っていった。
  • ロックが敵視される状況の中、1989年8月にレーニンスタジアムでモスクワミュージックピースフェスが開催された。目的は青少年のアルコール、ドラッグ使用防止。ボン・ジョビ、スキッド・ロウ、モトリー・クルー、オジー・オズボーンが参加。バンドはアメリカからのチャーター機でモスクワへ。途中、ロンドンでスコーピオンズを拾う。機内で痛飲。オジー・オズボーンがトイレのドアを蹴り破るなど全員泥酔でモスクワ入りする。(アホくさくて好き) フェスの目的に合わないバンドが選ばれた理由は、ブルース・スプリングスティーン、ホイットニー・ヒューストンなどのよりアメリカを代表する人選をしなかったのか?理由はフェスがドク・マクギーという大物音楽マネージャの仕切りだったから。ドクは1年ほどかけてフェスの準備をしたが、そもそも前年に麻薬の密輸で起訴されていた。記者は、ドクと米政府の間で密輸に目をつぶる代わりに、ソ連にロック音楽を持ち込むという取引がなされたと疑い、本人に問うも否定される。
  • 記者は取材の総仕上げとして2020年1月にスコーピオンズのボーカル、Wind of Changeの作詞作曲者、クラウス・マイネを取材する。「曲はCIAが書いたか?」という問いをマイネは否定。「もらったばかりのヤマハのシンセサイザーで遊んでいて」「ミッキーマウスのノートに書いた」など回答は具体的。結論「CIAが曲を書いたという証明はできなかった」。しかし現代でもCIAはハリウッドにリエゾンを送っている。映画ゼロ・ダーク・サーティは拷問をビン・ラディンの場所を特定するために不可欠だったと描く。米国の情報操作は今も現在進行系であると記者は結ぶ。


2020年5月28日 木曜日
朝、ジョギングをしたら、公園の遊具が使えるようになっていた。夜はUNIDIR主催のセミナーに聴講。

2020年5月29日 金曜日
8:30からコロンビア大学SIPAとのセミナー。質問などしないといけないかと思ったが、聞いてるだけで時間終了。

2020年5月30日 土曜日
友人の子供2名が泊まりにくる。賑やかで楽しい。











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