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Jul 13, 2012

To: Tomoki Kuga , Subject: イソップ童話について


To: Tomoki Kuga
Subject: イソップ童話について

久我、元気でやってるか?こっちはあいかわらずだ。ゴキブリの出るホテル暮らしも板についてきた。

唐突だがイソップ童話の金の斧、銀の斧って妙な話だということに気づいたんだ。
「貴方が落としたのは、金の斧ですか、銀の斧ですか、それともこの普通の斧ですか?」という有名な正直さを試すあの質問って改めて考えると結構いいところをついてると思わないか?もしあれが金の斧と自分の斧の二択だったなら、美味しい話に目がない俺たちでさえも、価格差にひるんで普通の斧を選ぶ。ところが金と銀との三択だ。金に比べてちょっと安い銀の斧くらいなら、もらってしまってもいいと思えないか?
俺は気づいたんだ。こいつが神の巧妙な罠ということに。

つまりこういうことだ。あいつらは来る日も来る日も湖に人間が落としたおとしものを、探して歩きまわってる。
仮にも神なのに「ブクブクブクブク(湖から上がる)、おい人間、お前の落とした斧はこれか?」と聞くだけの単調な毎日なんて嫌気がさすにきまってる。もともとこの「遺失物回収及び人間への返還業務」ってのは神々の中でも下っ端の、入社2年目くらいの仕事だし、ごますりだけがうまい同期がちゃっかりバッカスなんかに収まって毎日酒池肉林を繰り広げているのを見た日には、惨めな気持ちにもなる気持ちもわからんでもない。

で、あいつらは「いっちょ人間をからかってやろう」と、こうなったんだな。最初はのどかな遊びだったんだ。湖底に転がっている流木なんかを持って
「ブクブクブクブク(湖から上がる)、おい人間、お前の落とした斧はこれか?」
「え?え?・・・神、おそれながらそれは私には木にみえるのですが???」
「ん?あれー!?」
なんてな。時には
「おお、それぞまさしく私の斧!ありがとうございます。これでな、こうしてな、エイ!エイ!ってこれ斧ちゃう!ただの木ー!」
ていうやり取りもあったんだろうな。とくに琵琶湖支店では。今思えばのどかな時代だったな。

やがて神はこの遊びにも飽きた。神はきづくわけだ。人間の葛藤する様を目の当たりにすることこそ至上ということに。で、試行錯誤の上で金の斧と人間が落とした斧の両方を持って行って「おまえの斧はどれか?」と問う形に一旦落ち着いたんだ。
俺は神ほど性格ネジ曲がってないがこれは確かに楽しいとおもうぞ。だって人間の前に、それさえあれば一生遊んで暮らせるエサをぶら下げるわけだからな。良心の呵責にすこしだけ耐えれば、その金の斧をてにいれられるわけだし。かくてこの「金の斧か落とした斧か」の二択で神は葛藤する人間を手玉にとって楽しんでいたわけだ。

久我、だがここで神は一つの誤算に気づく。人間が神の想像を越えて正直だったんだ。非公式に行われた調査では実に98%が自分の斧を選んでいたらしい。「せっかくブクブク上がってくのに、人間どもって意外と馬鹿正直でつまらんのう」「もっと葛藤を生む問はないのか」ということになった。
とりあえず二択から三択にするという大雑把な決定が、あまり現場をしらない偉い神々によってなされた。現場は金の斧と自分の斧にあと一つどんな選択肢を加えるか頭をなやませることになる。こういう大方針だけがふってくるという現場の悲しみ、俺は最近よくわかるようになってきた。まぁそれもよけいな話だ。本題にもどろう。

金の斧と銅の斧と普通の斧の三択は、金と銅と普通の鉄斧の一見して明らかな色の違いに、「あ、すいません、その一番地味な色の斧です。」と答える人間が続出した。最近よくメディアで草食系草食系って騒いでるけど、やはりその頃から人間は謙虚なものだったんだな。
仕方がないので、神は予算オーバーを承知で、金の斧とプラチナの斧と普通の斧の三択も試した。
「ブクブクブクブク(湖から上がる)、おい人間、お前の落としたのはこの金の斧か、プラチナの斧か、普通の斧か?」
これもアイデア倒れだった。普通の斧を選ぶ人間が続出した。出口調査したら「やはり金を取るのは気が引ける」というのに加えて「プラチナ?なにそれ?」「プラスチックでは木を切れないと思った」という感想が多かった。誤算だな。
ところで久我、俺はつい最近までプラチナってのは金より銀より安いものだとおもってたぞ。白金ていう字面からはどう考えても金になにか混ぜた安物の金属を想像するだろう。だから俺は悪くない。高級金属に安っぽい漢字をあてたやつが悪い。

まぁプラチナはさておき、神は次にダメ元で銀を試してみた。これが大ヒットした。つまり人間に大きな葛藤をそして神々に大きな感動をもたらしたんだ。
あとから考えれば話は早い、まず銀は色が人間が使ってる鉄の斧に似ている。もちろん瓜二つってわけじゃない。でも金の斧よりはだいぶ似ている。この色が人間に「これなら試しに銀の斧と答えて、あとで指摘されたら見間違えたことにして謝ればいいんじゃないか?」という葛藤をもたらしたんだな。
さらに金の斧と自分の斧の間に銀の斧というクッションをいれること。これが成功だった。金と答えるのは気が引けるが、真ん中の金より安そうな銀の斧なら、あわよくば。。。と人間が葛藤しだしたんだな。

これが金の斧と銀の斧の起源だ。

久我、オチもなにもない長いメールを読んでくれてすまない。だがこの驚愕の事実にいきついた俺はこうも思うんだ。俺たちは時に誰かを連れて焼肉を食いに行き、特上カルビは高いけれど並を頼むとけち臭いと思われるのが嫌だという卑しい打算から中途半端に「上カルビ」を頼んでいないか?あれは多分焼肉の神の罠だ。そして寿司の神もえげつない。俺はこの前寿司屋でウニを頼んだが「前浜ウニと上ウニもありますけどどうしましょう?」という板前の形をした神に選択をせまられた。世の中神だらけだ。どうせ上カルビとカルビなんてたいして違わない。ていうか前浜ってなんだ?白浜より遠いのか?こいつらは多分湖の神と同じ思考回路で俺たち人間をもてあそんでいる。

だから久我、せめて世界で俺たち二人だけは、並にぎりを大きな声で頼める人間でいたいと思わないか。最後に久我、でもお前のおごりで行くなら絶対に特上ネギタン塩を頼もうと俺は心にきめている。

小宮山