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Jun 9, 2013

To: Kuga, Subject: もし生まれ変わるなら

なぁ久我、生まれ変わるとしたら俺フグだけは嫌だ。

いや、フグ自体はいいんだ。なんか毒持ってるのも影のある男みたいでかっこいいじゃん?
刺もあるし。使い方よく分からないけど。
だから野生のフグはいいんだけど、とらふぐ亭の生け簀に入れられるフグには絶対になりたくないと思うんだ。

あそこのフグはたいてい養殖だろうから、大きいプールで育つわけだ。どこか片田舎の。
で、もうその段階でなんとなく自分の運命っていうかさ、なんとなーく朧気ながらだけれどもプロ野球選手にもロックスターにもなれないことを悟ると思うんだよね。

同じプールで仲良くなった友達もある朝とつぜんザバーって消えていくわけじゃん。「あれ、あいつどうしたんだろう」なんてメランコリックな気持ちになっちゃうこともあると思うんだよな。

でさ、そうやって鬱々と過ごしていると、今度は自分が絡め取られて運ばれるわけだ。多分池袋あたりのとらふぐ亭に。

ここでさすがに気づくよな。いくらフグでも。「俺、食べられちゃう、人間に食べられちゃう!」ってことに。
気づいた瞬間は目の前が真っ暗になって、歯がガクガク震えるだろうな。今までの人生が走フグ灯のように思い浮かぶかもしれない。叫びたいだろう、泣き喚きたいだろう。

だがしかしだ、久我。これはフグの悲運の一面でしか無い。フグの本当の悲しさは、あいつらが見てて面白いところなんだ。

昔、目黒には交差点の近くにとらふぐ亭があってな、俺はたまに信号待ちの時に水槽のフグを見てこんなことを考えていた。
「あー、こいつらなんも考えなくて毎日が日曜日でうらやましいなぁ」ってな。俺がそう思うほどに、あいつら揃いも揃ってだな、おっそろしく間抜けた表情してるぞ。口をパクパクしてな。パックパックってな。
見てて飽きないんだな。あの動きと顔が楽しくて。

あんな過酷な運命を生きている生き物に対して、「うらやましい」とか、俺はなんてアホだったんだと今ならおもうがな。ただ街角にあるあの生け簀を見て、かわいそうという気持ちがおきないのは、フグのあの姿形のコミカルさによるものだろうな。

およそ運命にはみはなされているが、笑いの神には愛された魚だと思う。
だが、久我、そんな生き様、悲しいとはおもわないか?

だから久我、生まれ変わるとしたらフグだけは嫌なんだ。

小宮山@人間