Pages

Nov 1, 2018

10月の光景

ウクライナのキエフに行ってきました。

ホテルからちょっと歩くと、黄金の門という13世紀にモンゴル帝国に破壊された門の復元があります。モンゴル騎馬軍はこんな遠くまでやってきたのかとちょっと驚きます。

そこから坂を下っていくと(キエフはサンフランシスコばりに坂の多い町です)、陸上競技場くらいの大きさの広場があります。現地の人は広場のことをマイダンと呼ぶのだそうです。そう、ここがユーロマイダンなどとよばれるウクライナのEU加盟のゴタゴタを契機に死者が100名を超す暴動が起きた独立広場です。まだたった4年前の出来事です。今や市民が憩うただの広場なのですが、ところどころ英語とウクライナ語でこの広場で無辜の市民が、ロシアとつながりの強い政府によって殺されたということをアピールする、お金のかかった立て看板がたっています。

さらに、広場から地下鉄とバスを乗り継いで今度はマザーランドモニュメントという高い像があります。右手には剣を、左手にはソビエト連邦のシンボルがきざまれた盾を持っていて、僕が今まで見た像のなかでも飛び抜けて戦闘能力が高そうな像です。像の足元には大祖国戦争博物館という、現代的な博物館があります。ここではウクライナの第二次世界大戦の記憶を展示するのですが、ナチスドイツによって蹂躙された国土を、ウクライナ人の民族運動家が戦って取り戻したというのが主たるストーリーになってます。枢軸国であった日本も悪者として少しだけ登場します。最終セクションは現在進行中のクリミア危機やドンバス戦争などのウクライナ東部を巡る争いのコーナーです。蜂の巣になった自動車などが展示してあります。蜂の巣状態の自動車は多分他の博物館でも見たことがあります。ただ、2018年の日本の街角を走っていても違和感のない自動車がボロボロになっていると、印象も違います。この博物館の展示には時間経過という緩衝材があまりないのです。

ウクライナはEU加盟を果たし、親欧米国とみられています。しかし中国大量に兵器を輸入しているのもウクライナ。ミサイル技術を北朝鮮に売ってお金を得てるのもウクライナ。親露であるか親米であるか?といった2択の議論はこの国の複雑さを捉えきれないわけです。

さて、そんな歴史散歩を終えて会議に戻ると、会議受付担当の現地の若い女性に話しかけられました。日本が大好きとのこと。日本語の歌を歌えるというので、歌ってもらったら「ひとりんぼエンヴィー」。96猫が好きなのだそうです。イントネーションも完璧。キエフのホテルロビーでこの曲を生で聞くとはおもいませんでした。

マッキンダーという地政学の大家は、ウクライナや中東欧を海洋国と大陸国の縄張りが衝突するクラッシュ・ゾーンと言っています。地形の形を考えれば衝突が運命付けられているという主張は、そこに住む人にとっては鬱陶しい以外の何物でもないでしょう。せめて衝突が破壊だけでなく、なにかを創造することを祈りたいと思います。加えて、インターネットで政学が予言した運命を少しでも変えられたら、それは痛快だと思うわけです。ナイーブすぎですか?そうですか。



2018/10/5
新たなプロジェクトの正式なキックオフミーティング。未知の領域を開拓するプロジェクトだが、パートナーもこちらの担当者もしっかりしているので、個人的にはリラックスムード。
夜は神田で兄弟子的な存在と久しぶりにあって近況報告会。経験者のアドバイスはためになるし、楽しかった。

2018/10/6
午前、検討している幼稚園の運動会にいく。
11月末〆切の論文の構想をねっているのだが、全然はかどらない。盆栽よろしく、芽の出そうにない枝を勇気を持って刈る、つまり勉強してきたことを捨てるという作業が必要なのだが、その勇気がでない。

2018/10/7
朝、寝静まる家を出て、ウクライナへ移動
ウクライナのホテルに到着したのは日付変わって深夜1時。疲れた。

2018/10/8
午前会議主催者と打ち合わせをこなす。思った以上にしっかり準備が整っていた。

Uberを使って、キエフ市内の大祖国戦争博物館へ行く。常設展は第二次世界大戦、およびウクライナで大祖国戦争とよばれるナチスドイツとの抵抗先背負うをどう生き抜いたか、ナチスドイツに占領された時代がいかに悲惨であったかについて、念入りに展示を重ねる。
1Fの特別展にはクリミア危機・ウクライナ東部ドンバス紛争(2014年~)で銃撃を受けた車や亡くなった兵士の追悼の展示がある。まだ数年前の話であり、展示品のフレッシュさが、生々しい印象を与える。
1F、2Fと順路に従って展示を見て、戦争の悲惨さをこれでもかと復習したあと、最後に3Fの展望台にあがる。
展望台への階段は外からの光を取り込む作りになっていて、薄暗い常設展で打ちのめされた後には印象的である。階段を登ると、そこから現在のキエフの歴史的遺産だけでなく、市民の住むマンション、我々の日常の光景が目の前に広がる。
戦争は悲惨であり、我々の現在の日常はありがたいものであることを強く意識されるよう、博物館が設計されている。
展示の洗練されかたはエストニアのタリンにある占領博物館を彷彿とさせる。

博物館は情報戦(Information Warfare)の主たる手段だなとあらためて。





2018/10/9
朝から会議。仕事のことで、ウクライナの関係者にお願いしたいことがあって、会議の脇で説明をした。理由は全く心当たりが無いのだが、相手が怒り出す。「だから?結論はなによ?」と感じの悪い反応だった。近年稀にみるキレられ方である。

夜、会食。昼夜と2食連続でボルシチを食べるが、サワークリームをちょっとびっくりするくらい入れるのが地元流らしい。前ウクライナ大統領ヤヌコーヴィチがウクライナ語苦手だという話を本で読んだので、真実かどうか地元の人に聞いてみた。ウクライナ人なら誰でもわかる不自然なロシア語風ウクライナ語らしい。

会食が終わって、ほろ酔いでレストランからホテルに戻る。ホテルのすぐ前で、3歩前を歩いていた背の高い男性が、短く「アッ」という声をあげて、僕の足の斜め前に落ちていた透明のビニール袋を拾い上げた。振り返ると、中身を見せてくれた。なんとビニール袋にはウクライナのお金の封緘紙付き札束が入っていた。
男性は思いがけぬ拾いものに、驚きつつも嬉しそう。求められたので握手する。そりゃそうだ。どう見積もっても日本円で40万円分くらいある。あと1秒先に気づけば、自分が拾えたのになぁと後悔する。次の瞬間、ビニール袋と札束の組み合わせ、場所の雰囲気、拾った男性の表情にふと違和感を覚える。さらに次の瞬間、脳裏を「東欧の札束詐欺」という言葉がよぎる。先週ネットでちらっと目にした。
なんか怪しい。なおも話しかけてこようとする男性に「おめでとう」とだけ言い残して足早にその場を去る。

ホテルのロビーについて、「札束 ウクライナ」で検索すると、出るわ出るわ。ウクライナでの典型的詐欺らしい。知識は身を護る(ときもある)。

ホテルの部屋にアイロンがなかったので、スタッフに持ってくるよう頼んでいたが、いつまでたっても持ってこない。英語が通じない中、身振り手振りの応酬の結果、このホテルにはアイロン部屋があることが判明。



2018/10/10
終日会議

2018/10/11
お昼ご飯をディナモ・キエフのホームスタジアムの近くで食べる。食欲が落ち気味。
昼食後に空港へ。Uberは本当に便利。キエフ発フランクフルト行きが説明なく欠航になり、キエフ発ミュンヘン行きが2時間近く遅延して、周りの皆さんはイライラをつのらせている。自分はミュンヘンでの乗り換え3時間半待ちという余裕たっぷりのスケジュールでよかった。
ミュンヘンから羽田行きの飛行機はゲートでビジネスクラスにアップグレードされた。離陸前から着陸2時間前まできっちり寝る。

乃木坂46のじこちゅうーで行こうはベトナムのどこでロケしたんだろう。

2018/10/13
CodeBlueのCFP落ちたと先月ここに書いたが、スピーカーの1人がキャンセルしたため、繰り上げ当選したとの連絡あり。うれしいけど、既に予定がガッチリはいっている。そして日程的に自組織が主催するイベントとも競合する。困った。

2018/10/14
子供と2人で自然と触れ合う機会を設けることを目的とした施設へ遊びに行く。小学生が焚き火をしてたり、柿をなげてあそんでたり。
泥遊びをさせてあげたいと思ったが、冷たくて尻込みしている。
畑に生えているブロッコリーを見た。

2018/10/15
少しだけ会社で仕事した後に、霞が関へ。ビルの中を行き来して、某省の違う人達とそれぞれ打ち合わせ。うまくいってくれるといい。
論文誌に投稿した原稿の査読結果が、本来の締切よりおよそ2週間早く帰ってきた。『掲載の適否は「適」となっております。』
条件付きでも通れば御の字と思っていた、無条件一発OKはありがたい。なによりも自分が社会的に価値があるだろうと思ったことが、すくなくとも査読者や編集者にはご理解いただけたことは励みになる。ギリギリまでお手数かけた指導教官の先生にお礼のメールする。

2018/10/20
一難去ってまた一難。例の11月末締切のジャーナル。構想がまとまらず、黄信号。北朝鮮のミサイルというテーマは、一月の間いろいろ勉強したが、体系だった説明をすると必ず付け焼き刃であることがバレることを自覚するに至った。テーマとしては面白いが、これは一旦棚上げを決意。
CSIRTの国際関係をグローバル・ガバナンス論もしくは国際レジーム論の範疇で論じるということで決断をする。

2018/10/21
午前は近所のお祭りを冷やかしに行く。市長をはじめて生で見た。「市長」とかかれた派手なタスキをしていた。
図書館にいく。3歳未満児に図鑑はちょっと早いとは思いつつ、最近動物に興味を示しているので小学館の図鑑をかりる。夜寝る前に軽く説明すると、「これは何?」とか「このコウモリは大きい?」ある程度関心を示してくる。成長を感じられて素直に嬉しい。

2018/10/22
朝6時半に出発。羽田から上海虹橋空港へ向かう。出発が30分おくれ、天候のせいで飛行機は揺れ、空港からホテルまでのタクシーは渋滞につかまる。14時の会議開始の20分前に会場到着し、昼ごはん抜きで会議突入。
夜は中国の取引先がおすすめのレストランに10人を超える団体でいく。辛いけど美味しいものばかり。鳥と干し魚を冬瓜みたいな野菜と一緒に煮た塩煮がおいしかった。中華料理は本当にすばらしいなぁ。

2018/10/23
朝ホテルから会場までを歩く途中で道に迷う。Google Mapに頼り切った生活のつけがこういうところにでる。

会場について、一息ついたところで自分のプレゼンの順番が回ってくる。同僚が作ったスライドに基づいて、説明をする。
夜18時からディナー。中国のホストが余興を用意してくれていたが、出だしから「ミニスカチャイナドレスのお姉さんが踊る」というもので、目のやり場にこまる。
中国らしさ満載である。

2018/10/24
朝からオープンな会議。思ったほど地元の人の参加が多くない。今まで中国で参加した会議はどれも500人くらい集まっていたので、我々(FIRST.org)の知名度や宣伝は十分でないのだろう。

会議を抜けて、仕事の資料を購入するため書店へ。PLCの設定方法の解説本が平積みされていて、度肝を抜かれる。制御セキュリティの分野で中国は我々のはるか先をいっているのかもしれない。



夜、東欣酒家というレストランへ。同僚の地元の友人が市場で買ってきてくれた上海蟹をお店で蒸してもらう。上海蟹は小ぶりで味もあっさりしている。オスの蟹とメスの蟹、この時期はオスのほうが脂が乗っているという話を聞いたが、食べ比べるとたしかに全然違う。
身の味もオスのほうが旨味が多い。結局3杯(オスx2、メスx1)食べる。美味しかった。
ホテルにもどってVPNをつないで若干仕事。BBCが新疆ウイグル自治区に建設した「再教育施設」「ウイグル人収容所」について大掛かりな特集をしていたので、思わず読み耽る。中国国内では何がおきているか知る人はすくない。


2018/10/25
葱油拌麺と蘭州ラーメン(阿里蘭牛肉麺)を立て続けに。
同僚の海外初プレゼン終わる。本人はだいぶ緊張していたが、堅実なプレゼンだった。ホッとする。

夜はレセプションに出てから、何人かの日本人参加者とホテル近くのレストランへ。レセプションのフィンガーフードのせいか、色々食べてお腹いっぱいになっても1人45元。
米中関係がこじれている時期だけに、安倍総理大臣訪中を中国メディアは好意的に報じているという日本のニュースを読んだ。が、CCTVやいくつかの中国のチャンネルのニュースをみても、好意的って感じは特にない。現地の新聞はそもそも扱いが小さい。

2018/10/26
葱油餅(5元)を頬張りながらホテルへ。トレーニングの出だしを見届ける。関係者に挨拶をして、昼前に空港へ移動。
夕方羽田着。

2018/10/27-28
10月末尾に〆切の講演のスライドが3つあり、週末で2つやっつける。頑張りました。

2018/10/29
思い立って机を整理。山口先生の名刺がでてきた。他のものは全部思いきって捨てたが、これはとっておこう。



2018/10/30
朝一のウズベキスタンからの来客にはじまり、一日打ち合わせが続いた日。
CodeBlueのLaw&Policyトラックのスピーカー限定ディナー。T先生が一から十までお膳立てしてくださる。
ドイツ人とEUの行く末を案じる。

2018/10/31
午前会社で仕事。夕方、都内のホテルにチェックイン。
夜、翌日に行う会議のため来日した中韓の研究者とディナー。翌日の会議で発表する声明の文案について意見を求めるも、はぐらかされる。明日の会議が心配になる。
ホテルに戻って、最後の1つの資料を作って提出して寝る。

Oct 1, 2018

9月の光景

「沖縄」と聞くと、亡くなった祖母のことを思い出す。長野県の山の中で太平洋戦争後の混乱の中で、4人の子育てをした人である。

戦争のことはいろいろな形で食卓の会話に登場した。出征して帰ってこなかった人の話、満州からの引揚げで大変な目にあった人の話。その時代を生きた人にとって、そういう話はとりたてて珍しいものではないのだろう。祖母はいつも淡々とした口調で戦争の話をした。
そんな祖母が感情を隠さなかったのが「沖縄」に関するものである。祖母が話してくれたのは、終戦間近の日本が沖縄を犠牲にして本土の大被害を免れたこと、そのことに対する贖罪の念である。なにせ、こちらは小学生である。祖母がそういうんだから沖縄の人は大変な目にあったんだろうと思った。

ある時、お仲間の旅行で祖母は沖縄にでかけた。帰ってきてから「ひめゆりの塔(と資料館)に行ったが、涙がとまらず、途中で外に出てしまった」という話を聞いた。やがて時が経ち、自分でひめゆりの塔を訪れて、その理由がわかった気がする。資料館の中では、「米軍と対峙した沖縄の民」というよりも「日本軍、そして本土に見捨てられた沖縄の民」として歴史を描いていた。沖縄を攻撃したのは間違いなく米軍だ。しかし展示からは沖縄の本土へ投げかけられた積年の想いが滲み出ていた。祖母が最後まで展示を見れなかったのは、罪悪感ゆえであろう。

今沖縄で起きている事を考えるとき、私自身の思考はどうしても祖母のもっていた罪悪感が起点になってしまう。
その時代、大変だったのは沖縄だけでない。そのとおりかもしれない。
世代は代わった、未来志向が大事だというスローガンがおどる。そのとおりである。
贖罪の意識を持つだけでは前にすすまない。そのとおりである。
ただ、沖縄には論理で片付けてはいけないものがあるという気持ちを持ち続けたいとおもう。

2018/9/2
大学の研究の関係で会社を休んで、北京へ2泊3日の出張。5時起床。朝9時の便で羽田から北京へ。何もすることがないので、夜9時就寝。翌朝7時まで爆睡。

2018/9/3
朝から中国のシンクタンクの人と会議。
昼は訪問先の人にごちそうになる。研究所のすぐ横に職員向けの居住エリアがあって、そこにいい感じのレストランがある。電動のレイジースーザンをはじめてみた。

その後地下鉄を乗り継いで王府井付近のシンクタンクに。普段なら何も考えずタクシーだが、今回は中国アフリカサミットがあって車がよめない。
夜は火鍋を食べに行く。みんな気に入ってくれてよかった。

2018/9/4
北京から朝一の便で帰国。朝5時半にホテルロビー集合の予定が、先生に電話してもらって起きる。セットしてた目覚まし時計がならない。このホテルもう嫌です。
台風で飛行機が飛ぶかが懸念されたが、無事離陸。午後便で帰国予定だった取引先の2名は欠航でもう1泊せざるを得なかったようで、滑り込みセーフというところか。

「司馬遼太郎」で学ぶ日本史AI vs 教科書が読めないどもたちロシアと中国 反米の戦略北朝鮮核危機 全内幕を読了。他にすることが無いので、読書が捗る。

2018/9/5
朝から同僚はみんなとあるサイバー演習の対応に。自分はデスクワークに集中。

2018/9/6
予定してた通り、夕方4時に歯医者に行って右下の親知らずを抜く。先月左下を抜いてたので、ある程度予想も覚悟もできていたつもりだった。が、今回は完全に埋まった歯を砕いて取り出したらしく、時間がかかる。帰宅してからが悲惨だった。流血がとまらないのだ。血を飲み込みつつ、この日締切の原稿の概要200文字を作る。たった200文字が全然まとまらない。

夜になっても全然止まらない。だんだん血を飲み込むと胃がうけつけず戻しそうになる。
一晩中、30分ごとに洗面所にいって、口の中から出てくる血を吐き出し続ける。書いててもキモチわるい。読んでてもキモチワルいでしょう。ごめんなさい。
日付が変わったあたりで、仕事どころじゃないという自覚を持つに至る。翌日のアポを全部ギブアップの連絡を各方面にいれる。ギブアップできない用事ばっかりだったが限界だった。ほんとごめんなさい。

2018/9/7
朝一で歯医者に駆け込んで、血が止まらないことを伝えると、血を吸うパッドみたいのを口の中に縫い付けられる。
とりあえず、血が口のなかにたまらなくなった。家に帰って、出血が止まったので寝る。寝れるって幸せ。
教訓、みんな親知らずは若いうちに抜こう。

2018/9/8
記憶がない。頬の腫れマックス。

2018/9/9
午前、家族のお見舞いにいく。とろろそばがやっと食べられましたレベルに回復。

2018/9/12
仕事で北千住へ。頬の腫れはひいて、黄色く痣になっている。

2018/9/13
仕事で北千住へ

2018/9/14
会社で集中して仕事する予定だったが、昼食を兼ねた打ち合わせがどうしても必要に北千住へ。いろいろこじれてるのを確認して、会社に戻って書類作成。

2018/9/15
歯医者へ経過を見てもらいに行く。経過は悪くないらしいので、抜糸。
翌週の海外出張のことを伝え、痛み止めと抗生物質を処方してもらう。

2018/9/16
頬の腫れはひいて、黄色い痣も消えて、喉のほうに青あざが降りてきた。

2018/9/17
羽田からシンガポールへ。機内ではAll or Nothing マンチェスターシティ編を見る。マンチェスターシティはイギリスプレミアリーグのチームだが、オーナーはアラブ首長国連邦の王族で、監督以下スタッフはスペイン人が多い。結果英語とスペイン語が半々みたいな、カオス。ウクライナ人、コートジボワール人、アルゼンチン人、サッカーチームのマネジメントというのは真にグローバルだなと思う。
宿泊はパンパシフィックホテルと聞いていたが、市内に3つあるパンパシフィックの中でアクセスがよくないところだった。メールを良く読んでなかったので別のパンパシフィックに行ってしまい余計なタクシー代使う。

2018/9/18
朝、シンガポールのテレビ局が平壌での南北首脳会談を生中継しているのを眺めていた。ムン・ジェイン大統領と金正恩第一書記の笑顔は時代が変わっていることを世界に印象付けたとおもう。日本はどうするか?何ができるのか?と問われるとなかなか厳しいところである。
夜懇親会を中座してホテルに戻って論文の続き。フランス政府が出した情報操作に関する報告書を読む。大統領選挙へのサイバー干渉の教訓から、ロシアの情報操作に対する警戒むきだし。事例も多くておもしろい。原文こちら


2018/9/19
論文の締切日。午前に最終チェックして提出完了。通ってほしい。終日、気の抜けない会議と思ってたら、今日は割と楽勝だった。
国連事務次長の中満さんが参加していた。もちろん国連の中で偉くなられた方なのでスピーチもうまいのだが、英語の発音とかは日本人っぽさが残っていて、多分思考段階では日本語で考えている感じの話し方だった。それが日本人としてちょっと嬉しかった。ディナーの席で話しかけようとおもったが、なんとなく躊躇してしまったことを今後悔している。
夜はマリーナ・ベイ・サンズの最上階のレストランでディナー。楽しかった。ゴースト・フリートをおすすめされる。さっそくKindleで買う


2018/9/20
喉の青痣を隠すためにワイシャツにネクタイで会議にいったらオーバードレスだと言われる笑
久々に同僚とFIRSTの理事2人にも会えて嬉しかった。


2018/9/21
朝一で空港から東京へ。Kindleをホテルに置き忘れてきてしまった・・・。
CodeblueのCFP出したのが落ちてた。無念。結果的に論文を書く時間がとれてよかったと思うことにする。来年も挑戦しよう。
機内で出張報告を頑張って、8割完成する。出張が続くと、飛行機の中でまとめないと追いつかなくなる。昨年度は出張報告提出が遅いことで迷惑をかけたので、今年は全て出張の翌週に仕上げるようにしている。


2018/9/22
明け方3時くらいまで先行研究の論文を読み込む。「分析の枠組み」ってやつを探していた。6時にたたきおこされて、ヘロヘロ状態で親子で体操教室みたいなのに行く。
久しぶりに一緒にお風呂にはいる。楽しい。

2018/9/23
午前集中して仕事。思ったよりはかどって事務仕事が片付いた。午後はずっとワンオペだった妻から子供を引き離すべく、図書館に行き、マクドナルドでおやつをたべる。
昨日に続き一緒にお風呂にはいる。素直に頭洗わせろや!パジャマ着ろや!難しい。

2018/9/24
朝7時に羽田空港へ出発。大学に提出する書類をポストに投函してから福岡へ飛ぶ。大学にいく暇ない。国内線のプレミアムクラスというのに初めて乗った。結論、普通のエコノミーで十分。

福岡について、観光局の人と合流。軽い打ち合わせのあと、スタートアップカフェを見せてもらう。解散後ユニクロによって白いワイシャツを買う。

夜は一人でホテルの近くの寿司屋へ。そんな期待せずふらっと入ったのだが、美味しいし、安い。寿司で穴子というと甘く煮たのが定番だが、ここでは生の穴子を柚子胡椒をあわせて握ってくれる。美味しかった。女将さんと大将から中洲のおすすめの屋台を教えてもらう。こういうふれあいがあるっていいね。結果的にここの寿司が今回の福岡出張で食べたものの中で一番美味しかった。

2018/9/25
ホテルの朝食に行列ができててびっくり。福岡のヒルトン→日航ホテル→オークラ→グランドハイアット→地元商店街を巡る。地元コンベンションビューロの担当の方のアレンジで効率的に動けたが、1日動き回るとそれなりに疲れる。ヤクルトとロイヤルホストは福岡生まれと聞いて驚く。

視察の合間にコーヒーを飲もうということになり、Google Mapで見つけたいい感じのコーヒー屋Coffee Countryまで10分ほど歩く。なんの特長もない路地に、なんの主張もしない外観のコーヒー屋が佇んでいる。まさに佇んでいる。歩く価値は十分ある雰囲気のあるコーヒー屋だった。こういう店があることが福岡という街の豊かさを象徴している気がする。
夜は天神にある伝統的なお店で地ビールと海鮮をいただく。その後少数で天神駅近くの屋台に。中洲の屋台が有名だが、天神のほうが安いというのは事実だそうだ。

深夜、トランプの国連総会での演説を聞く。なんだかんだ言いいつつも、アンチが「見てしまう」「何か言いたくなってしまう」ところがトランプの最大の強さなのかもしれない。

2018/9/26
朝一でヤフオクドームの視察。ドームの貸し切り料金はそこまで高いわけじゃないが、ドームの天井の開閉に100万、空調が1時間あたり40万、誘導係や安全確保係などの費用などなど、雑費を合計するとやはり高い。


昼過ぎに市内ツアーは終了。プロフェッショナル仕事の流儀でとりあげられたラーメン屋さんの支店、白河とら屋福岡分店を訪れる。一押しの手打ち麺はもちろん美味しいが、チャーシュー、メンマまで含めて空きのない一杯だった。


同僚と今後の動きを確認する簡単なうちあわせをして分かれる。天神の町中の雑踏から電話会議1件。

20時半の飛行機で羽田へ。中央線が止まってて、バス→電車→タクシーを乗り継いで日付が変わってから帰宅。

2018/9/27
千葉にグランピングという、手ぶらでいける(その分お高い)キャンプにいく。子供が小さいうちはこれは最高である。



2018/9/29-30 研究の続き、分析の枠組みを探して、改めて決定の本質(上巻下巻)を読み直す。いまさらだが、国際政治の分野で学位をとるってのはこういうことなんだなと。

米下院がCVEに対してもっと予算をつけろとDHSに注文をだしたとか、西アフリカ諸国例えばベニンがインターネット税を導入するだとかいろいろ時代の終わりを感じた月でもあった。
















Sep 1, 2018

8月の光景


2018/8/2
2021年に福岡でイベントが行われる予定(あくまで予定であり未定)ということで、その下見ツアーの計画電話会議。本当に福岡になってくれると良い。
午前ベトナムの取引先の接客。総勢6人のベトナム人のうち1人だけが説明して、進行して、質問してと大活躍。

2018/8/3
翌月に迫った半日のトレーニングのための資料をもとに発表の練習を行う。現時点では荒削りだが見通しがたって大分安心する。

会社終わってから、秋葉原にあるMac専門店秋葉館にいく。MacBook(2013年秋モデル)の調子が悪く、起動して数分するとなぞの再起動という状態が続いていた。6月にAppleの正規修理店にもっていくと、ネットワークブートもできず、ハードウェアに問題があるっぽいとのこと。結局直らずじまいだった。とにかく中に保存されている写真だけは取り出したいということで藁にもすがる気持ちで、お店の人に相談する。
最近のMacにはターゲットディスクモードというのがあって、別のMacとFirewireケーブルなどを使って接続することで直接ハードディスクを読むことができるそうだ。お店に来た段階ではそのターゲットディスクモードで接続するためのケーブルを買おうと思っていたが、店員さんと話しているうちに「それが失敗し、結局ハードディスク取り出し」というシナリオが濃厚な気がしてきた。
結局ハードディスク取り出しの工賃4000円を支払い、ハードディスクを読み出す装置12000円を買った。
帰宅してからファイルを取り出す。ファイルの権限が変だがとりあえず読み込めたのでよし。

子供の成長の記録は、紙にプリントするのも含めて、あらゆる手段でバックアップとっておかないといけないなと思った。
そしてやはり専門店のスタッフは頼りになる。(正規修理店でのめぐり合わせが悪かったのかもしれないが。)

2018/8/8
CodeblueのCFP案を作る。スライド案を添えると尚良とのことなので、スライド案をあわせて考える。本当にスライド作るときまでに結構変わってそう。
東京である程度のサイズの国際会議を開くというのは、日本のセキュリティ向上の観点から間違いなく必要なことである。協力できたら嬉しい。

2018/8/11
郊外の巨大モールへお出かけ。メダルゲームをして、ドーナツを食べて、遊具で遊ぶ。帰宅してから近所にストライダーをしに行く。暑いだけでなく蚊に刺されまくる。

2018/8/12
朝5時起床。羽田空港からシンガポールへ。 機内で楽しみにしていた、オール・オア・ナッシング(カウボーイズ編)を見る。ジェリー・ジョーンズが目立つ。
現地についたのは夕方。シンガポールは乗り換えで頻繁に利用しているが、滞在するのはかなり久しぶり。前に滞在したときはマリーナ・ベイ・サンズ(ホテルの上に船のような形のプールがのっている特徴的な形のビル)はなかった。
土地勘もないので、Yelpを使ってお店を調べ、歩いて15分くらいの中華屋へ。小籠包と油そばみたいな麺料理を食べる。実に美味しい。

2018/8/13
アメリカとシンガポールが共同でASEAN諸国の人を招いてサイバーセキュリティについて理解を深めるためのイベントに講師として招かれる。
顔見知りが多い。が、こういう時こそ新しい話題を提供しないとと思い、スライドをほぼゼロから作る。時間がかかる。
夜は主にアメリカ人参加者とクラークキーの火鍋へ。 ちゃんとした火鍋を人生で初めてたべたのは2016年5月に成都に行ったときのこと。以来完全にはまっている。ポイントはタレである。たいていタレバーみたいな場所があるので、刻みにんにく、刻みパクチーにごま油をたっぷりいれたタレをつくる。火鍋から熱くて辛い具を取り出し、ごま油にからませると辛味が中和されなんともいえない美味しさである。

2018/8/14
引き続き会議。シンガポール駐在の米大使館員は過去に日本の大学で教鞭をとったことがあり、日本語ペラペラ。米朝首脳会談は現地スタッフにとってもいろいろ大変だったようだ。夜は日米関係者で蟹を食べに行く。国連政府専門家会合のアメリカの法務担当に昼間の説明の不明点を確認する。
食事のあとアメリカ人3人とバーによって1杯だけ飲む。スティーラーズの話をしていたら、ニューヨークから仕事できているアメリカ人ビジネスマンに話しかけられる。ピッツバーグ出身らしい。夜電話会議。

2018/8/15
朝から会議。今日もプレゼンをさせられる。
夜日本人2人と旧知のベルギー人とメキシコ料理。ビーフタコスに入っていた青唐辛子にやられる。

2018/8/16
朝一番にプレゼンテーション。今週3回目、もういいだろう。
仕事が終わって足マッサージに行ってから、屋台で飲んでいるアメリカ人達と合流。話題は主にアメリカの外交官の人事システムについて。在外公館のポストは日本のように希望を人事課が集約して、パズルにはめていく方式ではない。国務省専用リクナビみたいなところで調べて、自分で応募して、面接を現担当者や上司となる人と直接交渉する。

2018/8/17
朝4時起床。荷造りをして空港へ。チャンギ空港の出国審査でスタンプもらおうと、並んでまっていたら「日本のパスポートは電子ゲート使える」と誘導される。確かに使えた。どういうシステムなのかよくわからないが、次回シンガポールに来るときまでちゃんと覚えておきたい。
16時過ぎに羽田着。家族で夕食を囲む。モロヘイヤのお浸しが夏らしくて美味しい。娘をお風呂にいれて早めに就寝。

2018/8/18
図書館へ。引き続き北朝鮮関連の文献を読む。夜は21過ぎに寝落ちする。シンガポールというよりは夏の疲れが溜まっているのだろう。

2018/8/19
図書館へ。元から考えていた章立てに、この数週間集めてきた事実をはめ込んでいくだけの単純作業と思っていたが、初めてみるとものすごく難しい。章立てに無理があるのか、手元でデータをいじっているうちに1日が終わる。

2018/8/21
夜は昨年何度も取材をしてもらった記者さんと同僚と3人で中華。

2018/8/22
ドイツの研究者と電話会議。
借りものの「ターゲットキリング」読了。米政府のアフガニスタンでのテロリストへのドローン攻撃など、いわゆる暗殺を以下に正当化し、承認し、レビューしているかというプロセスの話。著者はベテランジャーナリストだが、本人が宣言している通り、書き口はアカデミック。読み応えがある。ただそれぞれのシステマチックで正当なプロセスの結果に殺された人がいることは、忘れてはならない。

2018/8/24
朝起きたら口の中にゴミが入っている、と思ったら歯の詰め物がとれてた。水飲んでも痛い。午前の会議を欠席する連絡をして、急遽歯医者へ行く。
午後外出先で打ち合わせ1件。会社で接客1件。夜はフランスのセキュリティ企業の人と飲みにいく。夜論文の続き。

2018/8/25
虫取りにいく。虫がいる近所の、水辺は蚊が多い。虫よけを塗って、虫取りにいくという矛盾。小さい蝶をいくつか捕まえた。
お昼にステーキを食べて、昼寝。夜はうどんを食べる。
両親が送ってくれた桃が届く。ここ数年でずば抜けて甘みが強く美味しい。猛暑のおかげだろうか。

2018/8/26
自宅で研究。夜書きかけの論文を妻に見せてコメントもらう。いろいろなおす。

2018/8/27
飯田橋のホテルで朝から会議。顔ぶれも毎年変わっている。が、日中韓という共通項の多い人々と話し合いを継続することは大切だ
会議後、神楽坂のレストランでみんなで和食。厦門の話で盛り上がる。
夜は会社の近くに最近できた、おしゃれカプセルホテル(?)に泊まる。キャンペーン価格で1泊2900円。飛行機で寝ることを思うとゆったりしてて快適。

2018/8/28
カプセルホテルから3分の会社で、身支度を整えてから、飯田橋のホテルへ。近いっていいね。

お昼ごろ無事会議終了。準備に携わった同僚に感謝。午後のパートは同僚に任せて、会社に戻って仕事。夜遅くまで書類仕事をする。帰宅して論文をちょっとだけ進めようて気づいたら3時だった。

2018/8/29
朝7時から米国にいる旧知の方と電話会議。
今年の正月のIntel CPUの脆弱性(SpecterとかMeltdown)はこの世界に非常に大きな宿題を残したなと改めて思う。今年のブラックハットで発表があったが、まだまだ我々は次に同じことが起きても動じないというレベルに達していない。そして僕個人は未だにその違いを理解できてない。こういうの良くないな。
電話会議終わって11時ごろに会社にいったが、ぼーっとする。

2018/8/30
サイバー空間を支配する者 21世紀の国家・組織・個人の戦略」という本が発売されていたのでKindle版を購入して、通勤途中に読む。会社についたら、お届け物があって、中身はなんと著者から恵投いただいた紙版だった。ありがたい。







Aug 2, 2018

7月の光景

2018/7/5
APWGとは長年の付き合いである。2人のアメリカ人が来日し、3人で来社される。頻繁に会っているつもりでも、それぞれに報告すべき近況はある。夜は同僚が全てアレンジしてくれて、穴場中の穴場の店で来日中の彼らと数名で宴会。
お店の人が津軽三味線を披露してくれた。津軽三味線をあの距離できけることはなかなかないと思う。

2018/7/7
夜、家の壁につくられたアシナガバチの巣の駆除。ちなみに今シーズンだけで2回目である。ずいぶんと蜂に愛される家である。途中で殺虫剤がきれてあせる。

2018/7/8
家族で昭和記念公園のプールへ。夏のニュースで、「猛暑日続く。都内のプールが大混雑」という字幕と共に流れる映像そのままの混雑でクラクラする。


2018/7/9
午前、イスラエルの研究者とのミーティングに参加した。イスラエルと日本は共通項がすくなく、相互に得するような連携のかたちを未だ見つけられていない。

2018/7/11
翌々週の会議での発表資料づくりのため、根を詰めた作業をする。
夜、近所の四川料理レストランで、元同僚含む取引先と懇親会をする。残念ながら元同僚は帰国の飛行機の都合で参加できなかった。飲み会終わって「おつかれさまでしたー」と挨拶した後、僕は徒歩で、残り3人は全員自転車で帰るというのがなかなか中学生の夜遊びみたいでいい。

2018/7/12
FIRST理事をやめて2週間が経つ。驚くほどメールの量が減った。深夜まで電話会議し、それでも朝起きるとスマホに未読が20件というような生活が続いたので、朝起きて会社に行くまではなにも「おいかけてくるもの」がないという生活はとても快適である。この時間と体力を有効に使わないとね。
夜神楽坂の和食レストランへ。8月終わりの会合の後の会食で使う予定のレストランを下見する。神楽坂は落ち着く感じの街である。


2018/7/13
近所の歯医者にいき、予定通り左下顎の親知らずを抜歯した。ひどく出血した。抜き終わる頃にはすでに麻酔が切れかかて痛みがするどくなる。薬局で処方された痛み止めが効いてくるまで、何事も手に付かない。先生麻酔の量間違えたんじゃないかなー。
夕方、義両親宅で夕食。おいしいお寿司があるが、ほとんど食べられず。

2018/7/14
北朝鮮のことを調べているなかで、日本のYoutuberジョー氏が現地で撮った一連の動画を全部見る。日本の若者が現地に飛び込んで、いろいろ見て回り、現地の人に「拉致問題ってどうおもっているんですか?」と聞いてる。おもしろい。チャンネル登録した。
この人の話を聞いてると、ユーチューブやSNSで揉まれる若い世代は、情報収集と発信の平均的能力が僕らの世代より高くなるんだろうなという感じがする。

2018/7/15
先週の昭和記念公園のプールには懲りたが、近場に小さいが流水プールがある公園があるらしい。ということで車で送ってもらって娘と二人であそぶ。混んではいるもののテントの類の持ち込み禁止でプールサイドがスッキリしている。新しく買ったラッシュガードの調子もよく、楽しい時間をすごす。
帰り道に食べた冷やしぶっかけうどんは美味しかった。
夜は夏はやっぱり花火だなということで、花火をする。調べると結構花火禁止の公園が多い。都心の人はみんなどこで花火をやっているんだろう?


3連休ほとんど家族と過ごしたことに、妻が驚く。

2018/7/18
大学の先生におすすめされた本習近平帝国の暗号2035を読み終える。新聞の連載をまとめたものらしく、説明が冗長なところが多い。基本的に中朝関係を確認したかったので、いろいろヒントを得ることができてよかった。
中朝関係は謎が多く、奥深い。この 62 年の中朝国境条約もいわば〝秘密条約〟だ。中国外務省が出版した条約集の中朝巻には、収録されていないのだ。  中朝国境地域の档案館などには、関連する資料がかなり残されている。だが、いまだに機密解除されていない。
わからない、ということがわかっただけでも良し。
夜、新橋で取引先の担当者の送別会。2年おきに異動して、全く新しい分野に突っ込まれるというのは大変だとつくづく思う。でも、その飾らない人柄で、老若男女から愛されている取引先の人はきっと新天地でも大活躍するのだろう。

2018/7/19
午後、大学院の会議。中国のサイバーセキュリティ政策を研究してた修士の留学生の発表がすばらしかった。サイバーセキュリティとは無縁の日本企業からすでに内定がでているらしい。それもまた新たな発見になるのだろうか。もったいない気がする。

2018/7/20
早朝、自宅を出て実家へ。リフォームを終え、キッチンがきれいで使いやすくなっていた。


2018/7/21
朝、祖母の家を訪ねる。2月に祖父が亡くなったので、今年は新盆にあたる。残念ながら出張で新盆に帰省することは叶わない。
祖父にお線香をあげて、そのことを詫びる。『おじいさんも(自分が来れないことは)よくわかっている』と祖母が言ってくれてちょっと気が楽になる。僕が載った新聞記事を大事に持っていてくれていて嬉しかった。
午後、翌週の出張のための資料に目を通す。量が多すぎる。
早い時間に夕食をすませて、近所の夏祭りを弟家族と冷やかす。娘は昨年と違って一人で歩いてどこでもいける。大分楽しめた。

2018/7/22
5時起床。6時すぎの新幹線にのる。上野を経由して成田空港へ。新幹線の入り口で切符を取り忘れ、上野駅で確認作業に時間をとられる。
昼過ぎの飛行機で成田空港へ。1年に2回大学院に書類を提出しないといけないのだが、今回は時間の都合で郵送での提出を許可してもらった。成田空港から無事郵送。
席がアップグレードできてよかった。

このところ北朝鮮に関する論文をそこそこ読んでいたので、機内では箸休めのつもりで金正日に仕えた日本人寿司職人の回顧録「金正日の料理人」と「週刊文春緊急特集 肉声が暴く北朝鮮の闇」を読んだ。いろいろ知識を詰め込んだ学者の意見と違って荒っぽい。だから読んでて楽しい。あと宇多田ヒカルの初恋をリピートで聞く。このアルバム中毒性ある。

現地到着すると、同じく日本から出張した10数名と団体行動する。小規模な修学旅行っぽい。なかなかホテルにチェックインできず、ロビーで読書をして時間をつぶす。



2018/7/23
午後、ホテルから電話会議に参加。1200人が参加する電話会議は初めてだった。Cisco Webexってすごいな。
遅めの昼ごはんをD.C.に行くときはよく行く、Daikayaというラーメン屋に行く。タクシー往復25ドル、ラーメン一杯20ドル。やっぱりD.C.の物価高い。
夕方打ち合わせ1件の後、タクシーで渋滞に巻き込まれる。おかげで誘われていたレセプションに参加できずじまい。
部屋でカップラーメンを食べながら、原稿の推敲にいそしむ。

2018/7/24
うだるような暑さの東京からくるとD.C.の天気は寒い。厚手の長袖を持参しなかったことを後悔する。
朝から何箇所か関係組織を訪問。昼ごはんは一緒に出張している日本の人(NY留学経験あり)のおすすめでスペイン料理に行く。前菜もパエリアもおいしかった。また来たい。旧知の取引先とディナー。


2018/7/25
終日会議。夜は取引先と打ち合わせを兼ねたディナー。さすが世界の超大国アメリカ、世界中の動きを細かく把握しているなといつもながらに感心する。
ビッグバン★セオリーというドラマを見てから、ずっとアメリカに来たら食べようと思っていた「FROOT」を食べる。味の良し悪しは関係ない。満足である。


2018/7/26
終日会議。夜は特に予定がなく、急遽、前日も会っていた取引先とまた飲みに行く。

2018/7/27
午前は近くにあるリンカーンメモリアルまで散歩にいく。天気もよく、リンカーン像は世界中から来た観光客で賑わっていた。

イスラム圏から来たんだろうなという感じの若い女の子のグループがリンカーンと自撮りしている。こういうのがアメリカの強さなんだと思う。
午後は会議。18時から日本人数名と旧知のアメリカ人と打ち上げ的な食事会。レストランからホテルまでの帰る道すがら、ホワイトハウスの前(後?)を通る。みんなで記念写真。
21時にホテルに戻って、近所のバーに3人だけで飲みに行っていろいろ話して寝る。


2018/7/28
朝10時前にホテルをチェックアウトし、空港へ。帰りの飛行機もアップグレードされた!
一週間おつかれさまでした


2018/7/29
お昼の飛行機で成田へ。15時過ぎに成田着。夏休みだからか混雑具合がひどい。
途中の駅で家族と待ち合わせ、車で拾ってもらって、スーパーで買い物。久しぶりに家族団らんの食卓を堪能する。

2018/7/30
時差ボケで5時位に目が覚めてしまう。久々に出社。出張している間に大事な書類を作る締切を放置していたことに気づく。謝りに行く。











Jul 10, 2018

6月の光景

記事を下まで読んでいただければ分かる通り、2014年6月から2期4年務めたFIRSTの理事としての仕事が終わった。選挙に立候補しないことを周囲に伝えると、必ずといっていいほど、今後の身の振り方について聞かれたので、そのことを前置きとして書き残しておきたい

FIRST理事としての4年間は得難い、刺激的な経験であった。他の理事からは同僚として働く中でいろいろなことを学んだ。グローバルなコミニティを真にグローバルなコミュニティにというテーマを持ち続け、アフリカで初めてイベントを主催し、この4年間でアフリカからのメンバーは4チームから14チームまで増えた。
反面、自分自身の仕事の遅さに起因するが、当初思っていた以上に時間をとられた。年4回の海外出張、毎月2時間の深夜の電話会議、土日お構いなしのメール・チヤットとなにかに集中することが難しかった。
この責務から開放されて、まず1つ目の目標は博士号をとることである。2014年から初めた社会人学生として大学院に所属しているが、進捗は寂しい限りである。これを機に集中して、研究に時間を割きたい。
2つ目は家族と過ごす時間を楽しむことである。この4年間で土日両方を家族と過ごせたのは数えるほどで、いろいろ不便をかけてきた。
3つ目は勤続10年を超えた今の会社での仕事の質を上げることである。その場を乗り切るだけでなく、新しいアイデアを同僚の力を借りて実現していきたい。サイバー空間安定化委員会もあと1-2年が山場だ。

そんなわけでこれを読んでいる日本国内の皆様とは接触の機会が増えるのではないかとワクワクしております。


2018/6/1
朝三田で打ち合わせ。今年も北京との専門家との研究が継続。

2018/6/4
夜電話会議をすっぽかされる。

2018/6/6
昔の同僚を含む取引先とランチ。好意に甘えて鮨おごってもらってしまったが、こういうのはきっちりしとくべきだった。

2018/6/7
元国務次官補リチャード・アーミテージ氏の前で最近やっていた研究の成果を披露。英語がきつかったが、サイバーの専門家でない聞く側はもっときつかったと思う。発表後「Yours have a lot of meat.(飾りが少なく、食べるところが多かった。)」という独特の褒め方をされる。しかしあの年になっても体力も知的好奇心も衰えないのは本当にすごい。
そのまま少人数の懇親会。このメンバーで3月はD.C.に研究発表にいくらしい。英語の論文早く書かないと。

2018/6/8
アーミテージ氏への名誉博士号授与式に参加。午後会社へ。氏の講演会は面白かったので、まとめておいた。http://web.sfc.keio.ac.jp/~kchr/201806armitage.html
特に佐世保に寄港中のUSSプエブロと接点があったというのが「へー」って感じ。

初めて入った三田演説館


2018/6/10
家族で親同士が従兄弟という親戚の家にお邪魔する。小学生の女の子にとって2才児はかわいい生き物らしい。だいぶ打ち解けていた。

2018/6/12
霞が関で終日会議。会議終了後に建物の入口で小島瑠璃子とすれ違う。ラッキー。

2018/6/13
品川へ、3月に終わったFIRST TC Osakaの反省会。日本の企業が団結して一つのイベントを実施するというのは他の国では見られない形態である。そしてイベントの協賛金の余剰をFIRSTカンファレンスのスポンサー料として支払うことが報告される。理事の視点からはもう素晴らしいの一言。日本でこういうことができて他地域ではできない理由に思いを巡らせつつ帰宅する。

2018/6/14
朝歯医者。翌週に長い出張が控えているためできるだけ触らない。
昼ごはんに柔らかいものをリクエストすると、自家製肉味噌を使った坦々豆乳うどん的なものがでてくる。うまし。

同僚が作ったjson.schemeをテストするためVisual Studio Codeを使い始める。新しいエディタはなんとなくテンションあがる。そしてVS codeはgitとの親和性が高い。
これを機に今まで手元でRCS(!)でバージョン管理してきたものをgitに乗り換える。多少ハマったが、RCSの変更履歴をそっくりgitにエクスポートした。1週間ほどさわってみるとgitだからといって世界がすべて変わるわけではない。ただし、ブランチモデル(ブランチをいつどうやって作って消すか)が、運用上の肝だと理解する。こればっかりは現場で使っている人の話をきかないとどうしようもない。
とりあえず全部masterを編集しております。

2018/6/16
芋掘りに行く。

2018/6/20
昼前に出社。会社で数時間仕事をして、羽田空港へ。深夜クアラルンプールへ飛び立つ。
英国公文書の世界史 - 一次資料の宝石箱 (中公新書ラクレ)」を読む。チャーチルがスターリンに見せたという欧州分割案のメモというにはあまりに走り書きな紙切れを見ると、政治の力というものを感じる。きちんと意思決定に用いた資料を保管する仕組みが「後の世からの評価」に現在の意思決定者の意識を少しだけ向けさせるのかも。何事もやりっぱなしは良くないなと我が身を振り返って思った。

2018/6/21
朝6時にクアラルンプール着。朝ごはんを食べてシャワーを浴びて10時から会議開始。去年の4月に来たホテルだし、時差もない。そしてあと少しで理事の任期が終わるかと思うと、なにか自分でも気持ち悪いくらいリラックスできる。
前評判の高いデビッド・サンガー「パーフェクトウェポン」を読み始めた。とりあえず最初から北朝鮮関連の章まで読み終えるが、ドキドキ感がない本だなと。最後まで読めるか心配です。

2018/6/22
10時から理事会。19時から恒例の理事長ディナー。理事全員に加えて事務局やイベント会社、主たる貢献者を招いて中華料理を楽しむ。ホテルの人が中国のビンテージワインを勧めてくる。値段は1本30000円程度。さすがに断る。
夕食後、理事長が泊まるスイートルームにお酒を持ち込んで部屋飲み。日本から梅酒を持っていった。

ドイツ人が持ってきたくせのある酒。全会一致で「一番まずいアワード」を送ることに

2018/6/23
朝から理事会。この日自分なりにいろいろ根回しして理事としての最後の大きな決定があった。運良く自分が思う方向に導けた。内容は2年後くらいに明らかになるでしょう。
顧問弁護士が変わったのではじめましての挨拶。
夜はご飯を適当に食べた後、ホテルのバーでサッカー見る。

2018/6/24
朝ごはんを食べにレストランにいったら1年ぶりくらいに上司に会う。元気そう。
午前はホテルの自室にこもって、論文の続きをやる。午後は打ち合わせ。

2018/6/25
カンファレンス初日。今回は830名が参加し、FIRSTのイベントとしての記録を更新した。


みんな来てくれてありがとう!


30分きざみで色々な日程が入る。昼ごはんはガーナの旧友と新たに加わった政治家と。テーブルに座る多くの欧米人と比較して、僕はアフリカの人との付き合いがうまい。午後は元同僚の発表を聞いてから、組織の活動報告のためのセッションに同席する。組織の透明性のために財務報告や活動の詳細を報告するのだが、他のテクニカルなセッションに人が集まるのは当然であり、今回は10名くらいが参加した。このセッションに人が集まらないのは、組織のガバナンスに疑問を持つ人の少なさの表れであり、組織の健全性を表していると思う。会議にきたらセキュリティ技術なりに時間をさくべきだ。その意味において、参加者の少なさが嬉しい。
夜は基調講演者やメーンスポンサーとの会食。KL中心部から1時間弱バスで移動した森のなかのレストランで創作アジア料理を楽しむ。「カウントダウントゥーゼロデイ」の著者キム・ゼッターさんの横に座っていろいろな話をする。時間があっという間に過ぎた。本にサインをもらっておくべきだった。

2018/6/26
朝から興味のある講演、同僚の講演がありいくつか会議をサボってそれらを聞く。夜はまたレセプション。中国のベンダーの人たちといろいろ情報交換。夜は同僚、元同僚、上司らと繁華街の人気中華料理屋に。全然注文とりにきてくれないので、近所のコンビニでビール2本かって持ち込む。その程度に目くじらをたてる店員はいない。そちらがゆるいならこちらもゆるくいく。東南アジアを生き抜く秘訣である。

2018/6/27
一番会議が多かった日。
夜はバンケット。いつもみたいな爆音のダンスパーティーにはならなかった。バンケット終わってから別の内緒の会議をして24時位に寝る。

2018/6/28
9時からの基調講演を聞いたあと、いよいよ最後の理事会。午後の総会の資料を再チェック、最新の参加状況の確認。みんなピリピリしている。仕方のないことである。そして僕ともう一人の退任する予定の理事だけがリラックスしている。申し訳ないことである。
昼はAPCERTのメンバーとランチ。オーストラリアの人からは政府内の大きな組織変更を控えていろいろな情報共有がある。香港やシンガポールの参加が多い。
16時から総会が開かれる。理事選挙が冒頭にある。活動の報告に先立って選挙をするのは、こうしないと活動の報告が候補者のアピールの場と化してしまうからである。5つの椅子を9人のそれぞれに魅力と経験を備えた候補者が争う。結果は一部想定外であった。が、選挙の結果に正しいとか間違っているとかはない。結果は常に会員の意思の集合である。新たな理事によってFIRSTという組織はますます世界に広がっていくだろう。頑張れ!
18時前に総会が終了し、ここで晴れて理事の職を解かれる。4年間を支えてくれた人達に心から感謝したい。

総会終了後は前から決めていた、自社からの出張者4人だけでのこぢんまりとしたディナー。地元の鍋料理を食べにいく。思えばここ4年は自社の人とゆっくり夕ご飯を食べにいく時間もとれなかった。こういう時間の使い方は贅沢である。4人中3人はおお仕事を終えリラックスムード、1名だけ翌々日にプレゼンがのこっていて気の毒。
食事の後、ホテルのバーで日本vsポーランドの試合を観る。最後ドキドキ。

ホテルの部屋に戻って、お世話になったスタッフにお手紙を書く。メールも悪くないが、こういうときは手書きの方が感謝の心が伝わるのではないかと思った。

2018/6/29
朝のオープニングで壇上によばれ4年間おつかれクリスタルをもらう。クリスタル自体は値の張るものではない。しかし4年の間さまざまな困難を乗り越えて頑張ったことの物的証拠であり、故山口英先生とお揃いということを考えれば、まさに「プライスレス」である。




午後からはNational CSIRT向けのサイドイベント。昔もそうだが5日間のFIRSTカンファレンスの後にさらに1.5日の会議をされると、「もうセキュリティって言葉は聞きたくない」という感じになる。が、今年は割と体力が残っていたので議論に協力する。
近所にすんでいる旧知のソマリア人が会場に僕がいるとききつけ遊びにきてくれたので、会議を抜け出して近況報告しつつコーヒーを飲む。
夜は適当にすませたが、12時を過ぎてまだ飲みたい喋りたい気分で、日本からの参加者3名とホテルの近くのビアガーデンへ。反省と来年にむけた作戦会議をする。3時まで。

2018/6/30
朝少しだけ関係者に挨拶して、空港へ。12時過ぎの飛行機にのり、自宅についたのは日付が変わって1時くらいだった。

虫探し



Jun 2, 2018

5月の光景

そこそこまじめにメモをとっていたので、今月の光景は長い。。。

2018/5/1
会社に遅めに出社。出張に備えて準備など。GWの中日で人が少ないので、非日常感がすごい。出張中は食べたいときに食べたいものが食べられるとは限らない。大好きな「牛タンねぎし」で最後の晩餐。
成田空港でも時間があったので、3月に更新したパスポートの自動化ゲート利用登録をした。新調したサムソナイトの機内持ち込みスーツケースは快適だが、似たような鞄を持つ人が多く、取り違えを防ぐため目印のキーホルダーを購入した。夜9時過ぎイスタンブールへ飛ぶ。
オレンジのキーホルダー
機内Wifiに繋いだところ大学の指導教官から急ぎの相談メール。何往復かしているうちに先生はアメリカから帰国する機内からメールしていること判明。機内Wifiのスピードではターキッシュ>>>ユナイテッドだなぁと。

イスタンブール到着は現地の早朝5時。乗り換えのため7時間半待ち。イスタンブール空港のターキッシュエアラインズのラウンジは快適だが、7時間は長い。
空港周辺しか知らないのだが、トルコは来るたびに言論統制が進んでいるように感じる。今回は様々な場所に張り出された大統領の顔写真ポスターとパスポートをスキャンしないとWifi使えなくなったラウンジにそれを感じた。
昼過ぎ次の経由地であるモロッコのカサブランカに出発。4時間程度のフライト。

2018/5/2
さて今回はカサブランカでも6時間の乗り換え待ちがある。ここからロイヤルモロッコエアに乗ってダカールを目指す。モロッコエアはスターアライアンスでないのでラウンジも使えず、インターネットは極めて遅く、持ってきた本も一巡し、音楽プレーヤー代わりのスマホの充電もきれた。仕方がないので1時間かけてコーヒーを飲み、2時間かけてサンドイッチを食べた。
行き先がマイナーなところばかり
モロッコエアに乗るのをちょっと楽しみにしていたが、機内広報誌のアラビア語を除けばフツーの航空会社である。
強風のため1時間離陸できず機内で過ごす。機内食で「ビーフ」を頼んだら牛の脂身のカレー風味シチューのような非常に脂っぽいものがでてきた。なんだったんだろう。

ダカールに無事着陸したのが20時過ぎ。
同僚が手配していくれていた迎えの車が来ていないのでタクシー拾って市内まで。かなり距離があって、1時間以上かかった。
こじんまりとしたホテルを予約していたので、タクシードライバーが道を知らずに右往左往する。
極めつけは乗る前に合意していたタクシー代から割増請求される。もちろん払わないが都度交渉するのが面倒だ。

ホテルの受付の人は英語が喋れてとても親切。部屋について、丸2日の移動が無事おわった。
先についていた同僚と翌日の予定を確認して2時就寝。シャワーの湯量に難ありの安ホテルだがWifiのスピードは日本と遜色なし。

2018/5/3
6:30起床、7:00朝食。ホテルの朝食はパンとオレンジジュースとヨーグルトだけが運ばれてくる。寂しい。
7:30に会場へ向かってタクシーを走らせる。会場のホテルはモダンで豪華。ビーチの眺めも素晴らしい。アフリカでは移動のコストが高いので、こっちに泊まったほうが仕事の効率はよかっただろうなと。
9時から今回の目的の2日間のトレーニング開始。
熱心に参加者に語りかける同僚
フランス語圏のアフリカの国(具体的にはコートジボアール、コンゴ、カメルーン)では仕事が大変だった記憶しかない。フランス語を喋れないアジア人を見下しているのかなと思えるときもあった。
セネガルは違った。英語は通じる。経済的に豊かで人々の態度も穏やかだ。外国人に接するのも慣れている。また電力やインターネット接続といった仕事のやりやすさに直結するインフラの整備も進んでいる。
仕事自体はうまくいった。
18時、現地の取引先と打ち合わせを兼ねた夕食。現在AfriNICではとある騒動が持ち上がっていて
翌週に開催予定の総会での全面戦争が予想されている。そのことが我々が担当したトレーニングだけでなく
イベント全体に暗い影をおとしているのを感じた。
ディナー後、すぐホテルに戻って3日ぶりにきちんと寝る。

2018/5/4
トレーニング2日目、この日は同僚がメインの講師。できるだけ話さないように横で聞き役に徹する。
泊まっているホテルの朝食が簡素なので、会場の豪華ホテルの昼食バイキングで野菜や肉を補給する。
料理は大変おいしい。南アフリカから来ている常連の参加者に「君たちの英語は大分よくなってきたね」という
趣旨のことをいわれる。素直に褒め言葉としてうけとるべきか悩ましい。
夕方17:00にトレーニング終了。17:30からトレーニングの修了証授与式があるが、これは恒例通り遅れて始まり結局21時近くに解散。
集合写真
2018/5/5
トレーニングは昨日で終わり、今日はアフリカのセキュリティ関係者が集って近況を報告し合う会議に参加する。
という予定であったが、朝会場に行っても、会議の部屋が見つからない。知り合いに聞けばイベントが中止されたとのこと。「1ヶ月以上前から中止は決まってた」ってなら教えてくれ。そしてWebサイトを更新してくれ。
しかし計画どおりにことがすすまないのはむしろ平常運転である。幸いなことにセキュリティ以外のセッションがいくつか開催されている。ブロックチェーン技術に関するワークショップに参加。
「イーサリアムの特徴はスマートコントラクト」などと書いてあるのを読んでもいまいち想像がつかなかったのだが
Remixを使ってSolidityで簡単なコントラクトを書いてみてやっと理解できた。
夕方、会場から5分ほどタクシーに乗って同僚とアフリカルネサンスの像を見学。像の足元に続く階段をみるだけで、これを作った人たちは、きちんとした技術を持っていることがわかる。
アフリカルネサンスの像
夜は疲れて、近所のレストランからハンバーガーをテイクアウトしてホテルで食べる。

2018/5/6
朝から2日後締切の資料作成をするためにホテルで作業する。EUのデータ保護指令(GDPR)がいよいよ施行され、ICANNを中心にWHOISデータベースに含まれる個人情報保護を如何にするかが検討されてきた。この日でなく今月はその動きにそって意見を出すという作業が断続的に発生した。

13時チェックアウト。
何か美味しいものが食べたいということでホテルの人に聞いたレストランへ向かう。アフリカでは字を読めない/字をかけないタクシードライバーが少なからず存在する。そして地図を読むというのもまた誰もができることではないのである。字が読めないタクシードライバーとの交渉はつかれたが、イカサラダもステーキもバナナのカラメル和えも絶妙に美味しかった。コーヒーまで飲んで日本円で7000円。
 
 
レストランから早めに空港に向かう。新たにタクシーを拾って価格交渉していると、どこからともなくヤンキー風お兄さんが出てきて、「金くれ金くれ」攻撃。ただ、セネガルでは物乞いの仕方にもどこかスマートさを感じる。
空港へのタクシーはまた1時間以上の道のり。道路脇のバオバブの木を撮るのに夢中で、気づいたら空港を通り過ぎている。
タクシードライバーとは会話もできないが、「エアポート、ターンアラウンド!」と叫ぶと
間違いに気づいた。しきりに自分の後頭部を自分でたたいて「いかんいかん」とつぶやいている。
その後も「(空港の絵文字)⇛」という看板をしっかり見てから、何故か反対方向に曲がるなど、謎の行動が目立つこのタクシードライバーと2時間のドライブを楽しんで空港着。経費精算のために領収書を頼むが、全然くれない。意地悪しているのではなく、字がかけないんだということにしばらくして気づく。
バオバブの木。好き

21時ダカール発の予定だったが、機材の到着遅れで23時に出発。しかしなにもアナウンスがないのはさすがである。

こうして振り返るとセネガルは厳しい場所だったという印象を与えてしまうかもしれないが、実際は逆である。
僕が今まで行った15カ国のアフリカの国の中で1番快適な場所だ。治安がよく、人はみんな新設で、ご飯もおいしい。インフラも整っている。あまりに快適すぎてアフリカにいるという感覚を失ってしまったが故にタクシーが道間違えるとか、飛行機が2時間遅れるなどのアフリカではよくある些細なトラブルが印象に残っているんだとおもう。旅行でサブサハラ・アフリカに行きたいという人がいたら、僕は間違いなくセネガルをすすめる。

2018/5/7
5:00イスタンブール着。
ここで乗り換えの待ち時間が人生最長の19時間。ターキッシュエアラインズは乗り換え時間が10時間を超えると空港近辺のホテルに無料で案内してくれるというので、利用してみる。
忘れ物回収
快適なホテルで4日ぶりにちゃんとお湯が出るシャワーを浴び、ホテルの朝食で目玉焼きやコーヒーを堪能した。その後、朝から昼寝。ベッドもフカフカで、シーツはキレイで熟睡できた。その後家族と電話をする。妻の調子が悪いらしい。
23:00 トランジットホテルをチェックアウトし空港へ。

2018/5/8
1:00 空港でお土産を買って成田行きの飛行機に乗る。もはや疲れて寝るだけ。
19:30 成田着。深夜に家に帰り着く。GW中、体調悪いのをだましだまし乗り切ってきた妻は発熱。
スーツケースの中で万年筆の蓋が外れて悲しいことになっていた。

2018/5/9
会社を休んで子供の面倒みたり。父親不在のGWは楽しいながらも大変だったろう。
僕は僕で大変だったわけで、家庭と仕事と学業を両立しながら、ちゃんと体を休める方法を考えたい。

2018/5/10
久しぶりに出社。人事評価の時期でチームの評価をしたり、自分の仕事を評価されたり。

2018/5/12
東京外国語大学でグローバル・ガバナンス学会の全国大会。アクセスはよくないが府中のキャンパスは新しくてキレイだった。Mike Mochizuki氏の講演他一部は学会員以外にも開放されていて、外語大生がつめかけていた。
なんて勉強熱心な大学なんだろう。帰りすがら出口に「出席カード入れ」という箱をみつけ、謎はすべてとけた。

2018/5/13
午前は子供と公園へ。昼ごはんの後一緒に昼寝。その後家族が出かけたので前の日のメモ作成。税金とか学会費とか溜まっていた支払い&雑務を片付ける。

2018/5/14
午前来客、色々話し込む。
午後外で定例の会議。7月の予定がようやく見えつつある。
18:30 六本木でアメリカの取引先とディナー。メールでのやり取りだけ1年以上続けていて初めて顔を合わせた。知的でタフな人たちという印象。

2018/5/15
会議の合間に、結婚する同僚のお祝いの準備などをする。
この日弁当を持参したことを忘れてしまい、帰宅してから弁当+ステーキの夕食。
夜電話会議。2期4年務めてきたFIRST理事もいよいよ来月末の総会でお役御免となる。きつかった深夜の電話会議もこれが最後である。我ながら4年間よく頑張ったなと思う。

その後アフリカ人の取引先と前の週のイベントについて振り返りつつチャット。きっかけは彼のメーリングリストでの人種差別発言である。南アフリカ人(白人)に対して「本当のアフリカ人じゃない」などの発言をした。
それを咎めようというのが趣旨だったが、本人は問題発言を意に介していない。
現代社会において人種差別は言い訳のできない罪である。というのを僕は自分自身のやり取りの経験の中で学んできた。
我々の仕事には彼の存在が必要であったし、今後も必要であろう。一方でそういう発言をしてしまう人物と仕事をすることのリスクも考える必要がある。

2018/5/16
7時起床、3時間寝れただけよし。
秋の上海でのFIRSTのイベントの費用見積もりがあがってくる。およそ想定の2倍の費用である。
ソーシャルイベントの費用を負担してくれそうな組織・会社と交渉。中国企業はお金持ちが多いのでなんとかなるといいな。

2018/5/17
スロバキア出張へ。スーツケースを持って通勤ラッシュに乗り痛い目にあった経験から、それを避けて朝9時成田空港着。まずはウィーンへ飛ぶ。
サイバー空間安定化委員会の会議はこれで3回目だが、事前に渡される資料の量が膨大である。ちなみに今回は200ページを超える。事前に資料配布すれば参加者が各自事前に勉強できる。こういう姿勢は見習いたい。

ダカール出張が遠かったせいで、ウィーンまでの12時間はあっという間に感じた。
ウィーンからは会議主催者が用意したBMW9でスロバキアの首都ブラチスラヴァまでは45分くらい。
会場ホテルの周辺は警備がものものしい。

2018/5/18
朝から聞き仕事。生でジョセフ・ナイが話すのを聞いた。「トランプ大統領の二期目はないとおもうが、それには10€しかかけられない」とのこと。
20時からご招待いただきディナーに。おそらく僕以外の唯一の日本人のかたに挨拶する。

超豪華
会場の外はフル装備の兵士が守る

2018/5/19
午後からサイバー空間安定化委員会の公聴会。半年間調査案をねって、調査してもらった成果を委員(と招待された関係者)の前で発表してもらう。国連事務次長からのメッセージが読み上げられる。
夜のディナーは疲れて欠席。ルームサービスでパスタをたのんだら、ニンニクスライスが大量。美味しかったから食べてしまったが、明日が心配。

2018/5/20
朝から委員会のクローズド会議。選挙や国民投票をささえる電子インフラへのサイバー攻撃禁止を規範として提案することが決まった。会議自体は刺激的である。ただコーヒーブレークが一番楽しい。元首相や元大臣たちとコーヒー片手に雑談できるので、いろいろ気になることをぶつける。
夜はまたもディナー。
見た目はかっこいいが話しにくいぞ!

2018/5/21
調査案件を取り仕切っている4人で朝から集まってレストランで3時間打ち合わせ。宿題をいろいろもらう。
ちょうど、この週末同僚2人が結婚式をあげるという慶事あり。あいにくこの出張で参加できなかったが
新郎と新婦とチャットしておめでとうと伝えられてよかった。
その後タクシーでブラチスラヴァからウィーンへ移動し、ウィーンから成田へ向かう飛行機にのる。


2018/5/22
昼過ぎに家にたどり着く。
我が家は、特に我が家のベッドはいいものである。11時間睡眠。

2018/5/23
会社へ。通勤電車でパラグ・カンナという人の『接続性の地政学』を読む。まだ途中だがおもしろい。

2018/5/24
取引先との打ち合わせの合間に、新たなMacbookのセットアップをすすめる。.DS_Storeファイルの作成をとめるとか、ログインシェルを変えるとかいつもどおりの作業に加えて、評判のいいAtomをまずはMarkdownエディターと割り切って使うためにインストールする。
夜は霞が関で転職した友人のお祝い。

2018/5/26-27
2日間家族とゆっくりすごす。
トトロに出てきそうな森の道

2018/5/28
午後は慶應でクローズドな勉強会。最後までちょっと焦点がぼやけた話。その後本郷の東大キャンパスにいき、院生向けの講義を同僚と2人でする。
東大の敷地は広い。

2018/5/29