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Jul 3, 2016

6月の光景


6月1日 ボツワナで仕事の続き。同僚とメインの講師を受け持つ2日間の初日。滑り出し上々。ボツワナ人は勤勉である。夜はいつもの電話会議。翌々週の韓国のイベントもいろいろ細かいことを相談しないといけない。 
 
6月2日 6月のボツワナは朝晩がキリッと冷えて、過ごしやすい。 長野を髣髴とさせる。
仕事を無事終えて、夜は現地のスタッフや海外からのゲストとディナーに。19時集合ということだったが、人が集まりだしたのは20時くらい。結局寝れたのは24時過ぎ。
6月3日 5日間の研修が無事終了。夜21時から閉会式。馴染みのメンツが、300人くらいの参加者の前で、AfricaCERTの歴史を語り出した。そして「Suguru Yamaguchi」がいなければこの成功はなかったと。その功績をたたえてAfricaCERT功労賞が山口先生に授与された。代理人としてうけとり、必ず山口先生の親族にお渡しすると約束。その後驚いたことに、僕自身とJPCERTにも功労賞が贈られた。思いがけないことだが、その気持が嬉しかった。参考: 「山口先生へ」

6月4日 帰国の日。朝食を旧知の友人と一緒に食べてお世話になった件のお礼をする。9時前にチエックアウト。空港で時間が大分余ったのでローカルチェスをやっているおじさんたちに交じる。

6月8日 インターロップで講演。資料は講師控室でギリギリまで調整する。海浜幕張は遠いねぇ。

6月9日 ソウル出張へ。今回は出張期間がながいこと、僕が理事をやっている団体の活動を妻にも理解してもらいたいということで、妻と子供を連れて行くことにした。朝7時にクルマで自宅を出て羽田空港へ。初めての海外で心配していたが、機内でも娘はわりといい子にしていたらしい。夜、ホテル最上階でステーキ。ゴージャス。 
6月10日 終日会議。昼ごはんはホテルの部屋で待っている家族と近所のモールで食べる。夕方会議が終わってから、いつもなら他の理事と飲みに行くところだが、辞退し家族で散歩してから夕食。サムゲタンはいまいち。ホテルの近くにいい公園があった。
6月11日 終日会議。会議後に翌週の「山口英先生のお別れ会」用ビデオメッセージを撮影する。話していると色々思い出してしまい、言葉につまって、何度かNG出す。理事全員快く協力してくれて感謝。
6月12日 主催するカンファレンスの参加者が続々とソウルに集まっていて、ホテル内をあるけば必ず知り合いに声かけられる状態。翌日の開会式で話す内容の打ち合わせや、スポンサー企業の読み方など確認。夜ウェルカムイベント。懐かしい人達にあえるのはこのイベントのいいところである。

夕食をたべそこなう。
6月13日 カンファレンス初日。5時起きで、ゲストの座席、音響などの最終チェック。9時前に韓国の大臣と初日の基調講演者である大学教授をお出迎え。しばし裏の控室で大臣、教授と歓談した。カンファレンスは定刻通りに始まった。70カ国から670人の参加者を前に主催者の一人として歓迎の言葉をのべる。英語きつい。開会式後に韓国のプレス(30名ほど)のために記者会見。その後に途上国からの参加者との懇談など15分刻みスケジュール。夜はカンファレンススポンサーや現地協力組織、基調講演者などとディナー。娘も参加。キルナム先生といろいろ話す。 
  
6月14日 この週は毎朝、プログラムの開始に先立って色々とアナウンスをする仕事があり、朝寝坊は許されない。朝の挨拶の後に日本の新聞社の取材サポートをする。昼ごろ、部屋にもどって妻のチェックアウトを手伝い、空港へのタクシーに乗せる。父業はこれにて終了である。
午後、アフリカで行うイベントの相談。夜、ホテルから歩いて有志が主催するサッカー大会を見に行く。
6月15日 この週もっとも忙しい日。朝食・昼食含めて全部会議。自社の若手が初めての海外での発表を無事終える。すばらしい。夕方ソウル郊外の競馬場に場所をうつして、カンファレンス参加者で晩餐会。晩餐会の準備についてはこの1年間結構いろいろ悩みぬいただけに、多くの人が楽しんでくれているのを見ながら、とても満たされた気持ちになる。
数名の知人からこの日東京で行われていた山口先生お別れ会の様子をメールなどで教えてもらう。アフリカでの活躍については僕が伝える責任があると思って色々手配したので、参加された皆さんに山口先生はアフリカ「でも」偉大だったということが伝わったのならうれしい。
6月16日 理事をやっているが、その任期は2年。この日の総会で選挙にのぞむ。無事当選。あと2年、組織の国際化に貢献していきたい。これまで一緒にやってきた仲間のうち2人が落選する。選挙の怖さ、いやらしさ、つらさはその経験がない人に説明しにくいが、嫌なものである。
6月17日 お昼前にカンファレンスの閉会式。カンファレンス担当理事のお仕事もほぼ終了である。お昼ごはんを同じ会社の若手と食べる。みんなソウルにいるのだが、座って話したのはこれが唯一。発表を経験した若手2人はそれぞれに達成感と課題を感じていて、期待したい。夕方東京行きの飛行機に乗り、自宅に着いたのは日付が変わって1時過ぎ。 
プエルトリコでまた会いましょう
6月18日 昼ごろ散歩に出て、家の近所で道に迷う。社会復帰しないと・・・
6月19日 日本に一時帰国している友人夫妻とその赤ちゃんとお昼ごはん。対して月齢変わらない友人の赤ちゃんが大きくてがっしりしててびっくりした。夜、一時帰国している義父を囲んでご飯。久しぶりの寿司美味い!
6月20日 ベトナムからの研修生との会議。夜懇親会
6月22日 朝電話会議。午後会議で久しぶりに武蔵小杉に行く。夜懇親会で行った中華料理がとてもおいしかった
6月23日 休暇をとって、丸一日子供の御世話をする。わかっていたけど、重労働である。
6月24日 事務局を務める協議会の年次総会。もはや僕が何もしなくても同僚が全てキビキビ回してくれている。頼もしい
6月28日 霞が関は人事異動の季節で、いろいろとあわただしい。夜八重洲でインターロップで御世話になった皆さんと打ち上げ。