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Apr 2, 2016

3月の光景

3年以上待ちわびていたDVDがとうとう先週発売された。「水曜どうでしょう ユーコン川160キロ~地獄の6日間~」である。本来なら今すぐにでも買いたいのだが、論文を一つ仕上げたときの「自分へのご褒美♥」としてとっておいている。誇張無しに先行予約ができるローソンでギリギリまで悩みぬいて、このストイックな決断をした男の中の男とは私のことである。
このDVDについてネタバレは絶対に許さない!

そんなわけで3月の光景を振り返っていく。



3月1日-3日 マレーシアで会議。3日間の会議でプレゼンを2つ頼まれていた。同じ人に喋らせないといけないほど参加者がいない閑散とした会議なのかとおもっていたが、開けてみるとかなり鋭い議論が行われる場だった。こういうことがあるから仕事は面白い。
仕事の上でも、大学の研究の上でも良い収穫があった。満足。

3月5日 両親と弟が遊びに来てくれる。ついでにホームセンターにいって懸案だった家の外構いじりが一気にはかどった。ツルハシと鍬とショベルをクルマのトランクにいれて上京してきた父親に感謝である。 
 
3月6日 近所に住む妻の友人O夫妻とその娘(1歳3ヶ月)来訪。大きく感じる

3月7日 一週間ぶりに出社すると書類の山。年度末を感じる。

3月8日 G7関連の会議に招待され、講演をしてくる。聞き手は外交官だった。経験上、サイバーセキュリティの話をしたときの外交官のリアクションは「登場人物が多すぎる」というものがおおい。たしかに2+2(外務省+防衛省)で議論できる既存の安保対話とくらべてサイバーは責任と権限が曖昧で面倒である。生物化学兵器や核兵器などの彼らが経験がある分野とのアナロジーで説明していくってのが今の時点でのこの問題への僕のアプローチ
会議後六本木の取引先A社に顔を出す。いつも思いたって行く感じだが、なんだかんだで色々と勉強させてもらって帰ってくる。その後、同じくA社につとめる別分野の友人と立ち話。楽しそうでよかった。
夜銀座で懇親会。懇親会の後に出社。

3月9-10日 業務が深夜におよび昼夜逆転の2日間 
会社の会議室にダンボール敷いて2泊。うぇーい。 

3月11日 午前2時まで仕事し、一旦仮眠。朝4時から電話会議、9時と10時からそれぞれ別の電話会議。
昼間立ち寄った 霞が関で経済産業省の前を通る。原発反対を訴えるテントの周りに取材陣が多い。あれから5年が経つ。

夜、六本木で衆議院議員の私的勉強会に、一学生として講演しにいく。慣れない仕事。議員は非常に聡明な方で政治家というもののイメージがかわった。

3月12日 論文書き 
3月13日 午前11時の便でヒューストン経由プエルトリコのサン・ファンへ。
今回の出張は入国審査で揉めに揉めた。今年1月に米国の入国管理制度が改正されたのが原因である。これまで日本人ならVISA無しで(ただしESTAという申請を事前にするが)入国できる。しかし9.11以降にスーダン、リビヤ、イランなどを訪れた人間はVISA無し入国が不可能となっていたのである。
細かくかけば色々あるが、ヒューストン空港での入国管理で別室で取り調べを受け、3時間拘束された。乗り換えの飛行機にまにあうはずがなく、空港のラウンジの床に寝て、14時間後の次の便をまった。本来なら日曜15時に現地到着のはずが、月曜5時到着になってしまった。会議間に合うのか???

3月14日 どたばたを乗り越え、朝6時半、会議が行われるホテル着。チェックインして朝ごはん、シャワーを済ませて9時から会議。妙なハイテンションで眠くはならなかった。夜の同僚とのディナーはさすがに勘弁してもらう。ホテル内で高くて美味しくない和食をたべ就寝。 
 
プエルトリコの名産といえばラム。特にバカルディーは年代物も手頃である
3月15日 東京での仕事がくすぶっていて、それを横目で調整しながら、会議。夜ホテル内でサンドイッチ。うまい。日本のサブウェイみたいなチェーンのサンドイッチなんだけど、パンを焼いてくれるところがポイント高い。

3月16日 終日会議。昼休みの時間を利用して海で泳いでみる。午後の会議により集中できた。
理事会内で自分が任されているプロジェクトの進捗が芳しくない。担当者を任命して、その人物に一任していたのだが進んでいないようである。任命責任を英語でなんというのか定かではないが、穴埋めは自分の仕事である。多分人に仕事を任せる方法について僕は一から勉強したほうがよいのである。
夜、ホテルの外を歩いてみたくなり、20分ほど歩いて中華料理をたべにいく。高くて美味しくない。 Yelpを参考に結構吟味してこの結果なので、サン・ファンの食生活攻略は難易度高め。
仕事をする環境としては最高であり、最低である。
3月17日 終日会議。夜地元銀行のCSIRTの担当者と食事。食後、合言葉を言わないと入れない秘密のバーに連れて行ってもらう。
3月18日 サンファンからヒューストン経由で成田へ。帰りは非常にスムーズ。
2017年6月のカンファレンス会場の下見を兼ねた今回の出張。サン・ファンとプエルトリコをすっかり好きになった。きっと来年の会議も成功すると思う。しかしまずは自分の担当の今年6月の韓国ソウルである。 

3月19日 午後成田着 


3月20日 時差ボケのせいか午前は妙に元気、仕事をやっつける。午後電池切れ。ひたすら寝る。大学院から封書がきている。進級。来年度は3年生である。。。


3月21日 妻の友達とその息子(3歳)が遊びにくる。個人的に男の子は楽。
髪の毛を切る。初めて近所の1000円 カットに行ってみた。シャンプーしてくれないので帰ってすぐ自分で洗う必要があるが、早いし安いし多分また行くとおもう。


3月23日 変な夢をみて目を覚ました。「プラハ行きをご登場のSparky様ゲートにお急ぎください。当機間もなく登場を締め切ります。」 起きたら6時55分。7時から大事な電話会議だった。虫の知らせってこういうことか。。。


3月24日 朝電話会議を寝坊ですっ飛ばす。前日の件があって、自分の体内時計を過信した。
 昼にマレーシア人の取引先とランチへ。マレーシア人だが米企業のシンガポール法人に在籍し、期間限定で東京勤務。インターナショナルである。


3月26日 家族で外出。地元の人気洋菓子店が休業にはいるということで食べ納めのシュークリームを買いに。
庭園のなかに佇む洋菓子屋なのである
ついでに庭の踏み石や砂利を買い足す。四川料理のお昼ごはんの後に作業をする。これでひとまず外構は一段落。 

3月27日 妻が友人の結婚式へ。午後は娘とお留守番。仕事をしながら面倒見るつもりだったがそれどころじゃない。

3月31日 昼におもめの焼肉を食べたら、午後激しい頭痛。そこに因果関係があるかどうかはわからないのだけど。




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