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Jun 25, 2017

6月の光景

5月末はアフリカにいたわけです。こんなかんじで。

 そこから6月の出来事を振り返ります。

2017/5/31
朝8時半に成田に到着。そのまま羽田空港へ移動。家族とターミナル内のレストランで昼ごはんを一緒に食べる。
12時半にミュンヘン行きの飛行機に乗る。ミュンヘンからタリン行きの飛行機に。
タリンのホテルにたどり着いたのは日付が変わったくらい。

2017/6/1
CyCONというサイバー分野の法律専門家が多く集う会議に参加する。この会議そのものは4年ぶり?
会議を抜けてホテルのジムに行って30分くらいトレッドミルに乗る。爽快。
夜は同僚と日本料理屋へ。ひさしぶりなのでどんなラーメンでもうまい。夜9時過ぎでも外が煌々と明るい。

2017/6/2
朝からCyCON聴講。お昼前に閉幕。その後すぐ横のホテルでGCCS(cyberstability.org)の会合がはじまる
1列目の席札ある席が用意されているのは想定外。パネルディスカッションの共同進行役を務める。が、タイムマネジメントがグダグダで最後2人のパネリストの話す時間を満足に取れなかった。もうしわけない。
ディナーが19時から22時まで。ホテルに戻ってGCCSの委員とバーで軽く一杯。日付が変わる直前でホテル内で明日の会議の作戦会議はじまる。
「こういうのを烏鎮プロセスって言うんだ」と事務局の人は自虐的に言ってるけど・・・

2017/6/3
昨日会議がおわったあとで今日の会議には参加できないと事務局から伝えられていた。9時位までゆっくり寝る。
朝ごはんを食べながらブラジルの知り合いにGCCSについてのTweetについて質され答えに窮する。Tweetの内容自体全くしらされていない。
時差調整と体調整えるためにトレッドミルに30分。
その後チェックアウトして市内を散策したが見るもの特になし。ソ連支配下のエストニアにおいてKGBが情報活動をおこなっていたというホテル最上階にあるスペースが博物館になっており、そこを見学する。1時間のツアーだったが詰めれば10分で鑑賞可能な情報量。
その後空港へ移動。ミュンヘン経由で帰国する。 多分産まれて初めてLOTに乗った。



2017/6/4
16:00頃羽田着。18:00自宅に。

2017/6/5
ほぼ1日寝て過ごす。

2017/6/7
成田からプエルトリコへ。

2017/6/8
機内で猟奇殺人事件担当の刑事になる夢。やたら気持ち悪い死体ばかりみてやになり、起きてそれが自分の想像力の結晶と知って気持ち悪くなる。頑張って二度寝したら、乗ってる飛行機に火災発生するという夢。
朝5時にプエルトリコに着く。荷物がなかなか出てこず、タクシーも捕まらない。
結局6時過ぎにホテルにたどり着きチェックインを済ませる。部屋が会場へのアクセス悪い別建物になっている。変えるようフロントに依頼。

2017/6/9
朝から理事会。夜は全員で食事会。
朝7時に海に軽く泳ぎに行ったら、10人の理事のうち僕を含めて6人が 泳いでいる。「少し泳いで体動かすと、一日爽快に過ごせる」のはみんな共通らしい。
10人の理事は選挙で選ばれる。細かな意見の相違はあっても、組織の発展をねがって1年間チームプレーで頑張ってきた。あと数日もすれば半数の5名は任期切れに伴う選挙に再び望む。当然再選できる保証はない。 最後にみんなで集合写真を取ろうと提案した。下はその準備中の一枚。

2017/6/10
引き続き朝から理事会。

2017/6/11
カンファレンスの開会を翌日に控えて、非公式プログラムが始まる。
朝からカンファレンス参加者が続々とホテルに到着。午後この週唯一まとまった自由時間あり。歩ける距離にあるビーチショップにサンダルを買いに行ったが日曜定休だった。がっかりして炎天下を歩いてホテルまで歩く。地元の人がビーチサイドでくつろいでいて賑わっている。
夜はアイスブレーカーセッション。いい感じの帽子がオーダーされていた。うれしい。

 

 

2017/6/12
カンファレンス正式に開幕。午後、台中のイベントの打ち合わせを関係者とする。宿題がたくさん。夜は旧市街でスポンサーなどを招いた食事会。
同じ会社からはFIRST常連のU氏と初参戦のT氏。セッションを聞きに行く時間がないため、大抵のことはU氏におまかせなのは例年通り。
 

2017/6/13
細かい打ち合わせをバリバリと。 昼はフォーでお腹を休める。

2017/6/15
朝ごはんを食べながら打ち合わせ。午後総会。FIRSTは2016年に赤字を出したため、それを説明するなど。選挙は5人の現任理事が全員再選した。よかった。

2017/6/16
午前の会議の間に、会社の同僚の初めての英語でのプレゼンを聞く。狭い部屋にすし詰め。もっと大きな部屋を用意してもらうべきだったかな。
間延びしたカンファレンスのクロージングセレモニーの最後でホテルが突如全館停電に陥る。FIRST「らしい」終わり方かもしれない。
14:30 ホテルからアレシボ電波天文台へ向かう。天文台スタッフ(天文学者2名と大学院生6名)を相手にしてセキュリティについてのワークショップをした。終了後天文台の中を見学させてもらう。特にアンテナの中央制御室はWindows95の箱があったり、VNCを使っていたり、3.5インチフロッピーが現役だったりと驚くことが多い。時間が止まっている。
20:30 天文台からホテルに帰着。同僚と韓国人の取引先とホテル近くのフードコートでご飯。その後プールサイドのバーで遅くまで飲んで就寝 。日本人参加者の一人がフランス語でコートジボワール人とコミュニケーションをとっているのを見て刺激をうける。

 

2017/6/17
3:30起床 6:00にサン・ファンから帰国の途につく。
忙しくはあったが多少のリフレッシュもできた。よかった。今年も忙しかったが、昨年はこれに加えてカンファレンス担当理事として朝の挨拶などの仕事、理事選挙、同行した家族のお世話などなど盛りだくさんだった。あれをよく乗り越えられたなと。

2017/6/18
16時過ぎに成田着。家に帰る。

2017/6/20
溜まっているメールの返事。郵便物に印鑑おして返送などなど。ほぼ一ヶ月ぶりの出社でいつもの電車にすら若干ドキドキする。

2017/6/21
午後神田でフィッシング対策協議会の年次総会。今年度もみなさんのお陰で着実にすすめていけそう。

Jun 1, 2017

5月の光景

5月4日
学生時代の友人二人と中野で真っ昼間から飲む。うちK氏は誕生日ということでおしゃれカフェでお祝い。その後中野の裏通りの落ち着く店へ。気分一新できるこういう休日は本当に貴重である。


5月6日
元同僚が一時帰国しており、家族を連れて遊びに来る。子供同士は3ヶ月違いだが、見てて個性ってのはあるんだなと改めて思う。美味しい中華を堪能。
5月8日
夜帰宅後から年に一度の抜き打ちチェックみたいな仕事はじまる。ゴールデンウィーク中でなくて本当によかった。

5月12日
読売新聞の朝刊に「サイバー人材アフリカに必要」というタイトルでエッセイを書いた。新聞の紙面というのは記者が書くものとばかり思っていた。自分で紙面にのる文章を書くというのは初めての経験。田舎の祖父母は信濃毎日新聞がシェアをしめる土地に住みながら長年の読売新聞愛読者である。祖父母孝行になったかもしれない。W記者に感謝。

5月13日
WannaCryと呼ばれる新種のワームが短期間で大流行ということで、自分は主に海外からの情報収集にあたる。
専門家同士で情報交換するメーリングリストがあるのだが、メールの数が過去にないレベルで多かった。そのあたりでやばいなという感触あり。

5月15日
WannaCryの余波続く。結果的にチームとしては適切な動きができたが、国内に被害が広がっていて、未だ復旧作業にあたっている人がいると思うとやるせない。

5月16日
深夜の電話会議。やってない宿題が多くて会議に出るのが嫌だったレベルです。

5月18日
夜、山口先生を偲ぶ職場の小さな集まりに顔をだす。その後会社に戻って22時から電話会議。GCSCという新たな議論の場で主に技術の分野のリード役を引き受けることになった。だいぶ昔に「修士論文とは思えない論文をかく学生」とこのブログに書いた人物も別分野のリード役になることとなったし、事務局を引っ張るA氏は業界随一の切れ者である。せめて脱落しないように頑張ろうと思う。

5月19日
大学院へ。9月末締め切り論文について先生に相談。
今年の2月から3月にかけてひっそり進めていたドメイン名紛争処理について、その体験記が公開された。各方面から賛否両論のリアクションがあって勉強になる。

5月20日
大学の事務室から連絡。そんなこと滅多にないので恐る恐るメールを読むと、読売新聞の記事をよんでSFC所属ということがわかったので、大学の 「メディア掲載情報」のリストに加えてよろしいかという問い合わせであった。よく見てるなぁ。

5月21日
小金井公園というところに初めて行ってみたが、遊ぶ場所は豊富だし、売店も充実しているし、駐車料金が高いこと以外は素晴らしい。主に砂場で遊ぶ。

5月22日
新宿でコンタクトレンズを買い足す。午後成田空港へ。ナイロビに向けて、まずはバンコクへ飛ぶ。
体調が悪くて機内食がほぼ喉を通らず。機内で見た"Hidden Figure"はまぁまぁ。
セキュリティキャンプでの講演依頼があり、その内容を機内で考えてみる。

5月23日
11:00にナイロビのホテル着。きれいで快適。シャワーを浴びて、FIRST Trainingの様子を見に行く。設備は素晴らしいし、参加者も積極的に参加しているようで安心した。
講師は初めてのアフリカに果敢に挑んでいたが、若干ストレスを感じているようであった。夜は彼女を囲んで軽く飲む。

5月24日
トレーニング初日。ほぼ1日喋り倒す。夜は同僚とフランス人の仲間とホテルで。夜風が冷たくて気持ちいい。

5月25日
トレーニング2日目。会場のネットワークにトラブルがあってトレーニング中断を余儀なくされたが、同僚が日本からワイヤレスのアクセスポイントを持ってきてくれていたおかげで、すぐ再開することができた。備えあれば憂いなし。
夜はヨーロッパ方面からの参加者と情報交換を兼ねて夕食を一緒にとる。
研究の続きを少しだけして寝る。



5月26日
朝一のセッションでプレゼン。主催者からの依頼に答えたプレゼンをつくっていったのだが、残り二人のパネリストは気にせず喋りたいことを喋ってた。
その後会議を抜けて、とある国際機関の人と会議。初めてあったのは4年前か? 彼の同僚が感じ悪かったのでなんとなく距離をおいて付き合ってきたが、彼自身は真摯な良い奴だ。色々と決めて一安心。

5月27日
午前、向こう数年間のAfricaCERTの方向性を話し合うための会議のはずであるが、どうにもバラバラ。
会議が終わった昼過ぎ、同僚がみんなを集めておいてくれて、トレーニングの反省会。
夜、レセプションがあってアフリカのリーダーたちとこういう場でしかできない相談をする。世界中見渡してもどんな組織も大なり小なり問題を抱えている。中堅と呼ばれる年になり、自分が介入する問題とそうでない問題を切り分けることが大事だと感じる。今ここで起きている問題には首をつっこまないことに決めた。


5月28日
朝ごはんをたべていたら、知り合いが集まってきていつのまにか打ち合わせに。どうでもいいけどアフリカのメロンはとてもおいしい。
大学を卒業したばかりというケニア人の若者に「いつか侍になりたいと思っている。どうやったらなれるのか?資格試験のようなものはあるのか」と問われて、飲んでたコーラを吹きそうになる。アフリカに来るといろいろな質問をされるが、ピカイチのパンチ力。

大学院の宿題、GCCSの宿題をするためにレストランにこもる。部屋は静かなんだけど、どうしてもダラダラしてしまう。
GCSCの方はおもったより重い。夜はルームサービスを頼むが、食欲が減退気味。

5月29日
ナイロビは昨日から時折雨模様である。
朝一で会議を一巡りし、参加者に挨拶したあとは昨日の宿題の残りをすすめることに。これ本当に重い。
下着類をホテルのランドリーサービスにだしたものが戻ってきた。ランドリーサービスってどうしてこんなに高いのか。。。

16時くらいにホテルから空港へ移動。ナイロビの空港のラウンジで横の席の若いアメリカ人がずっと電話している。「タンザニアはチャンスに溢れているけど同時に怖い」「あいつはすでに牢屋に入れられて2週間たってる」「1万ドルはなかなか」「大丈夫明日になればわかるはず」とか話していて聞いてて怖い。

19時ナイロビを立つ。


5月30日
エチオピア経由でバンコクへ。機内では『Mastering Bitcoin』を読む。ブロックチェーンの理論からBitcoin Walletの実装までを扱う本で技術書読んでワクワクするのは久しぶりである。超おすすめ。

バンコクで10時間の乗り換え待ち。バンコク市内で携帯電話の修理をしたら安そうと思いたち赴くもまさかの臨時休業。

5月31日
長い出張なので隙間の時間に読もうと思っていた『サピエンス全史』は全くすすまない。日本語版買うべきだった。

へとへとになり帰国。朝8時半に成田に着く。腕時計と携帯電話とPCが全部別のタイムゾーンになっている。もはやUTCに統一したほうがいいか?

長く一緒に働いた同僚が、5月末で退職。途中産休をはさんで、あしかけ10年以上。チームに欠かせないムードメーカーが去っていくのはさみしいことである。

















May 17, 2017

4月の光景

阿部謹也という社会学者が、
「けれども一橋大学の場合は歴史学はいわゆるキャプテン・オブ・インダストリーをつくり出す上で必須の学問とはされておりませんでしたから、その意味では実学の中ではちょっと位置が違っていたということもありまして、一橋大学で歴史を勉強するということには常に大変な緊張を伴ったわけです。だれも口では言いませんけれども、友人たちがそれを陰に陽に突きつけてくるわけです。」
と自らのキャリアを振り返っている。これは非常にオモシロイ。読み進めると
どういうことかといいますと、大学に残るということは学問をつづけることを許されるということなんですけれども、しかしながら同級の友達に久し振りに会う。そのときに同じゼミナールのメンバーから、おまえいま何をやっているんだと聞かれます。そのときに、おれはこうこうこういうことをやっているということを言うわけですが、それが自分の同級生にとって全く無縁なことであってほならないというふうな意識が常にあるわけです。そしてそれは同時に私の友人関係だけでなくて、日本での付き合い、あるいはドイツでの付き合い。そういう付き合いの中で、自分がやっている学問が現実の社会の中で学問をやることを許されているわけではない人たちに向かってこういう意味があるんだということを常に言いたいという気持ちがあるわけです。口に出してこういう意味があるんだという必要はないのです。ただ、私が書いたものや、あるいは私の言動が、そういう人たちにとって何か意味があると感じられればいいという気持ちが常にある。こういうことは、断言はできませんが、帝国大学の史学科ではあり得ないのではないかと思います。つまり帝国大学の史学科の人たちは、経済学部や法学部の卒業生たちから陰に陽に、おまえの学問はどんな意味があるのかということを常に突きつけられてはいないと思うんです。」

多分、常に周囲からの「それって何の役に立っているの?」「なんで大事なの?」という問われ続ける環境に身をおくことが、言いかえればちょっとドキドキする立ち位置を渡り歩くのはとても鍛えられるということなんだと思う。

2017/04/01
昼は留守番。子供がご飯をちゃんと食べてくれないとイライラする。かなりイライラする。
夜遅くの便でマレーシアでの理事会参加のために飛ぶ。出発直前空港でメールを確認していたら、ここ数ヶ月ずっと気になっていた偽JPCERTドメイン問題が無事解決していた。気持ちよく出発。

2017/04/02
朝から10人ちょいで使うには手狭な会議室で会議。午後の会議を1時間ぬけて、日本の関係者との電話会議。年明けにイベントをする準備が始まる。 

2017/04/03
昼は2019年の6月に行うカンファレンスの会場であるマレーシアのホテルを視察。その後、王宮や国立モスク、旧クアラルンプール中央駅などをマイクロバスで回る。クアラルンプールを訪れるのは4回目だが市内を見て回ることはなかったので、良い機会だった。
夜は理事長主催ディナー。ディナーのあと、レストランからホテルまで普通のタクシー組、Uber組、徒歩組にわかれた。Uberは一見便利だが、配車依頼した車が到着するのが非常におそい。結論「マレーシアでのUberは改良の余地大。あの距離は徒歩がベスト」
張り替えたばかりの新品カーペット、剥がれているんじゃなくてこういうデザインだそうだ。客から不評で近日張替え予定。

こういう感じの会議になるのでしょう。






2017/04/04
午前まで会議にでて、午後日本への帰国便搭乗。夕方過ぎに自宅到着

2017/04/07
上司の一人が治療のため一時お休みにはいる。早く良くなるといい。

2017/04/08
図書館で論文読み込み。車でおくってもらうときに国立駅周辺の桜並木を車でとおる。
 
ちょっとさみしいけど今年のお花見はこれで。
夜iPhoneのiOSをアップデート。ファイルシステムがバージョンアップされたらしい。空き容量275MBから2.39GBに増える。すごい効率化だ。

2017/04/09
朝、散歩。小雨が降っているので子供を近所の体育館で遊ばせようと思ったが、「本日市長選挙の開票作業に体育館を使うため利用できない」との張り紙がある。
小雨と強風の中、乱れ飛ぶ桜の花びらをながめる。
午後、家族で投票に一応行く。    


2017/04/10
小説を読もうというサイトで評判の良い小説を電車の中でぼちぼちとよんでいる。
夜、神保町で同僚の送別会。退職だけでなくいろいろな人生の転機が同時に発生しているようだ。

2017/04/13
三田で大学院の打ち合わせ、その後藤沢にいってシステムのパスワードリセットやら履修申告やらの事務をすませる。夕方から都内にもどって仕事。
夜は新宿近くでオランダからのお客さんと会食。同僚と2人で休みを合わせて日本旅行しているらしい。同僚と旅行いくのはオランダでもよくあることじゃないとのこと。
一日のうち4時間以上電車に乗っていたことになる。どうにかならないかこの無駄なだけの時間。

2017/04/14
朝から接客。東京オリンピック開催が決まってから、「オリンピックのサイバーセキュリティに関連して協力をしたい」という海外の企業からの申し出を多く受けるが
怪しげなも提案が少なくない。そんななか今日は旧知の人で内容も勉強になるところがあった。
新聞社から寄稿の依頼があり、夜その直し作業。

2017/04/15
歯医者、散髪、そして明日からの旅行の準備。夜義父とみんなで食事。

2017/04/16
朝6時に家をでて成田へ。そこから3.5時間飛行機に乗ってグアムへ行く。気候がすばらしい。北朝鮮と関連があるのか、滞在中ホテルのロビーで制服姿の米軍関係者を多く見た。
 
2017/4/17
グアムなので特に気合をいれて見物するようなものも多くない。ホテル近くや、ショッピングモールでのんびり過ごす。

2017/04/18
グアム3日目。朝5時から電話会議。自室は家族が寝ているため、電話会議のできる場所を求めて彷徨う。WiFi接続があって、周りが静かという場所が このホテル内になかなかなかった。意外。
ずっと欲しかったFitbit(Charge2)を購入。これで生活習慣を改善していく。

2017/04/19
グアム4日目。この日は6時から電話会議。昼に以前来たときにとても美味しかったレストランを再訪した。相変わらず素晴らしい。

2017/04/21
グアム6日目。午前チェックアウトしたあと、繁華街の免税店へ。免税店の2Fにユナイテッド航空のチェックインカウンターがあり、ここで荷物を預けてから出発までの間お買い物をお楽しみくださいという趣旨らしい。その作戦にまんまとのせられ、がっつりお買い物をした。
帰路の便は空いていたのは良かったのだが、出発が1時間遅れ。結局車で自宅にたどりついたのは22時くらいか。

2017/04/24
流石にこの時期に一週間の休みをとっていたということで仕事の滞りぶりがおそろしい。歯を食いしばってメール処理。

2017/04/25
日本マイクロソフト社が主催するサイバー空間の規範に関するセミナー(http://news.mynavi.jp/articles/2017/04/27/mssecurity/)に登壇する。霞が関のイイノビルには初めて入ったが、なんか独特の雰囲気ある。規範に関する議論は抽象度が高く、多くの日本人にとって身近に感じることは難しいエリアである。できるだけ具体化して話すようにこころがける。
終了後関係者と打ち合わせ、および飲み会。

2017/04/26
5月後半から6月の出張予定を立てているが、かなりきつい日程になっている。せめてそれまでちょっと体を鍛えて、同時に休めていかないといけない。
午後飯田橋で業界団体の勉強会。

2017/04/27
朝から頭痛がしていた。午後は頭をつかう、大事な会議があってどうなるかと思ったが会議が終わる頃には頭痛いの治ってた。そんな馬鹿な。
夜は四谷でガーナ赴任から帰国した人の「おかえりなさい会」に参加。世の中パワフルな人がいっぱいいるなぁ。

2017/04/28
夜、新卒で働いた会社の創業20周年パーティー。会社自体は既に買収されてしまったので、会社に残っている人3分の1というところか? 懐かしい顔多数。当時から紫色の靴に注いだお酒を飲むという奇習があってお酒の強くない僕にとっては鬼門であった、たまたま元社長に見つかって焼酎の一気をするハメに。終電で帰宅。 
 
誤字も愛嬌

2017/04/29
午前中は疲れがたまってたので至福の二度寝を楽しむ。2月にベトナムで買ってきたフォーでお昼ごはん。鶏ハムとパクチーがあったので大分いい感じ。フォーの茹で方も大分つかめてきた。お米や豆のように炊く前に水にさらしておくのが大事。 
 

 

Apr 8, 2017

3月の光景

どうでもいい話だが、高校生のときにゴロ合わせで英単語を覚える本が流行った。

例えば”concern”(関係する、心配する)という単語だったら「閑散、契機に関係するか心配」という感じに語呂合わせで英単語の意味を暗記しようという趣旨である。

”indulge”(~にふける、〜におぼれる)という単語の語呂が「インド主(あるじ)は快楽にふける」というものだった。横にはインド人のおじさんとちょっと淫靡な感じのインド人女性のイラストがそえられていた。

言うまでもなくインダルジの発音とインド主をかけているのだが、友達の安藤くんが「こんなのインド人がみたら激怒する」と言いだし、みんなで爆笑した。おかげで僕はindulgeの意味を一発で覚えたのである。

それから20年、indulgeという言葉を使う機会がないどころか、お目にかかったことももない。

全国の受験生、悪いことは言わない、語呂単はマジでやめておけ。




2017/03/01
朝から電話会議。忙しい。

2017/03/06
夏に受けないといけない健康診断がのびのびでこの日に。


2017/03/09
三田でシンポジウム。日中のサイバーセキュリティ研究者のシンポジウムに参加させていただいて3年目。中国のシンクタンクにも我々の活動内容がきちんと伝わっていて嬉しい。


2017/03/10
天井にプロジェクターが10台以上下がっているハイテク会議室で会議。


2017/03/12
お留守番。近所の川べりに遊びに行く。駐車場の精算機がたいそうお気に入りのようで離れてくれない。

2017/03/17
富士通JAIMSという組織が開催するGLIKという次世代リーダー向けの研修プログラムでサイバーセキュリティについて講演。
夜、長野へ移動


2017/03/18
ちょうどお彼岸なのでお墓参りにいく。明日スキー場に遊びに行こうということになり、急遽スポーツ用品店に出向いて、スキーウェアなど用意する

2017/03/19
スキー場に行き、ソリをする。スキー場に行くのは結構久しぶり。1才児は大興奮だった。
1時間くらい遊んでから、町にもどって回転寿司屋でお昼。地元だとスキー場が近いので子供が疲れたらすぐ帰れて良い。
夜、家で焼き鳥パーティー。
ここまでほぼ総て弟のお膳立て。ありがたいことである。


2017/03/21
朝7時過ぎに長野の実家を出る。会社に10時前着。新幹線の中では仕事ができる。長野からの通勤はできないこともなさそうだ。
深夜、恒例の電話会議。


2017/03/23
夜、珍しく飲み会に。このブログを読んでくれている人に新モスマンの由来を聞かれたが、その時ふと思いついたとしか答えられなかった。
正確には ブログの名前を決める前の日に麒麟というお笑い芸人の漫才にモスマンというのが出てきたのを見ていて、それに決めたのだが、麒麟に特別な思い入れも無いし、もはやそれがどんな漫才だったかも覚えていない。したがって思いつきという答えは間違っていないはずだ。
ブログと言えば、このブログのHTMLが(細かいことを気にしない僕が気になるレベルで)汚いので、どこかMarkdownとかでかける所に引越したい。


2017/03/24
昼、米国の取引先来日。軽く打ち合わせをしてお昼ごはんを食べる。なかなか報告できるような目覚ましい進捗がないのが歯がゆい。


2017/03/25
歯医者にいったり、仕事をしたり。昼過ぎ、DVDプレーヤーのファンから異音がしているのを修理するため電気屋へ。夕方娘が階段から落ちて頭打つ。あわてて病院へ。
なかなか大変だった。



2017/03/27
旧知のソマリア人から「今、東京に来ているんだけど食事でもいかないか」とお誘い。彼がソマリアの旱魃と飢饉に胸を痛めていたこと、状況がかなり深刻なことはもとから知っていた。食事じゃなくて「いろんな人を招いて勉強会」をすることを提案。急遽調整を行う。

午後会場提供いただくことになったDMM.com社の会場下見、その後喫茶店で企画書をスマホで書いて送る。パソコンなくてもなんとかなるもんだな。

夜六本木のメキシコ料理店で会食。ホストの気配りがすばらしい。


2017/03/29
秋に企画しているタンザニアでのイベントの準備会合。隔週でやっているが関係者全員がきっちりそろわない。そしてこの日はヨーロッパでサマータイムが始まったことを僕が気づいてなかったがゆえに参加者の集合がさらにバラバラになってしまった。
2グループにわけて2回会議する。


2017/03/30
朝、恵比寿でデジタルフォレンジックに関するパネルディスカッションに参加。主催者の準備がびっくりするぐらい緩い。初めて会う人多い。

サンドイッチを15分で食べて、渋谷にソマリア人の知人を迎えに行き、六本木へ直行。

急遽参加をよびかけたセミナーだが30人を超える参加があったのは嬉しい。ソマリアでの旱魃と飢饉が昔からの問題であり、当事者にしてみればいろいろと不満がたまる状況であるが、知人は穏やかな語り口で新しいアプローチの必要性をうったえていた。

質疑応答のセッションでも日本人の参加者から鋭い質問が沢山でてよかった。

反省点もあった。ソマリアあるいはモガデシュでの生活を知りたくて、会場にきていたソマリア人留学生に「たとえば恋人同士はFacebookとかで連絡とっているのか?」などと質問をなげかけたが、セミナーが終わってから、「人前でそういうことを口にするのはよろしくないので、(イベントの記録用)ビデオからはそのシーンを削除してほしい」との依頼あり。不用意だった。


2017/03/31
退職者がわりとおおかった。それぞれの新天地での活躍を祈る。










Mar 11, 2017

『サイバーセキュリティの専門家』


サイバーセキュリティの専門家という肩書で世間に認知される仕事をして、10年以上がたった。


これは楽しい仕事である。我ながらいい仕事を選んだなと思っている。


サイバーセキュリティにかぎらず専門家は特定の分野について偏った勉強をしているので、キャリアの早い段階で著作なりなんなりの成果が世間に出る傾向がある。珍重されて偉い人と触れ勉強させてもらう機会を得られる。

そして、特定の分野について詳しくなると他の分野への想像力が培われることがある。新聞を例にあげてみよう。
サイバーセキュリティに関して新聞記事がでたとする。その分野の専門家であれば記事の内容が出鱈目ではないが、100%正しいものでないことを見抜くことができる。裏にあったあの出来事、意味のあったディテールが紙面の都合で載らない。
自分がインタビューを受けることもある。前の日徹夜で作ったけど、数字の正確性に自信のない資料がそのまま新聞記事に載るなんてのを経験するとメディアに書かれることというのはこの世で起きている出来事をある一部分だけ切り取った脆く儚いものであることがわかる。かっこよく言うとメディアから得られる情報に対する価値づけが相対化される。
すると、他の分野の記事でも、きっとこれはこういうことなんじゃないか?と想像力が働くようになるのである。

最後に付け加えると何かの分野を極めてみたいということでこの世界にはいったわけだが、幸か不幸かサイバーセキュリティに対する社会的な関心がましている。サイバーセキュリティですと自己紹介したときのリアクションは一昔前は「え、なにそれ?」であった。(次点は「おすすめのセキュリティソフトってなんですか?」)
最近だと「いや、本当に大事な分野ですよね(しみじみ)」といわれることが多い。やってることはなにも変わっていないのにである。



というわけで、サイバーセキュリティの専門家という仕事に不満はないのである。



あるのは不安である。

一つ目は専門家とは甘やかされやすい立場にあるということである。
理由は色々ある。
まず専門家はマスを相手にする仕事が少ない。学会誌に論文がのっても発行部数は少なく、読むのは内輪の人である。異なる視点・立場からの反論を期待するべくもない。
横のつながりの名目のもとに、専門家ギルドのようなものが形成され、運がいいと、社会への影響を無視したディテールについての延々とした議論がおこなわれる。運が悪いと馴れ合いが目的になる。
専門家は板挟みになる経験がすくない。上司と部下との、理想論と現実の予算との板挟みになってきれいでなくとも現実的な解を得るということがゼネラリストに比べて圧倒的に少ない。現実解に縛られないのは専門家の役割であるからよいが、現実解に敬意をはらわない言いっぱなしはまずい。そしてそれを「大所高所からの意見」と勘違いしだしたら老害まっしぐらである。

二つ目は専門家は未来を予想できないということである。
専門家は自らの分野について過去の出来事に精通している。しかし未来を予測することは極めて困難である。これは私だけの問題ではない。2016年の米大統領選挙についてアメリカ政治の専門家たちがどう予想していただろうか? 金融アナリストの市況予想がどれだけあたるだろうか?

我が身を振り返っても特に新しい技術のテクノロジーが流行る流行らないなんて、むしろ予想が外れたもののほうが多い。PDF文書、Webメール 、SNS、LINE 僕はすべてニーズなど無いし、流行るはずがないと思った。それはまだいい、自分の専門分野なんてもっとわからないことだらけだ。
「2020年の東京オリンピックで大規模なサイバー攻撃の脅威が!」なんていうが、起きるのかわからない。起こるかもしれないのだから備えることは必要だという意見には同意する。一方で日本企業から盗み出されている知的財産の流出を止めるほうが長い目で見て必要なんじゃないかとも思う。

未来を予想できないのは当然のことで、この問題に専門家はいろんなアプローチをとってきた。
例えば「2020年の東京オリンピックで大規模なサイバー攻撃 はおきるのでしょうか?」と問われたとき・・・
・ 「必ず起きます。というか皆さんが知らないだけですでに起きています」あるいは「絶対に起きません」という答えを口にできるのが劇場型専門家である。メディアに珍重される。
・ 「大規模の定義にもよりますが、XXの条件がYYだったと仮定して起きるという蓋然性は高からずといったところでしょうか」と起きるとも起きないとも言わず、何言ってるのかよくわからないのがモゴモゴ系専門家である。無害さが、政府主催の諮問会議などで珍重される。
・ サイバーセキュリティは歴史が浅いが、「私が先頭にたって対策に当たった過去のオリンピックでは、、、(以下20分武勇伝続く)。最終的には守るという強い気持ちが大事」という往年の名プレーヤー型専門家も今後現れてくるに違いない。
・ 「リオオリンピックでは3億件のサイバー攻撃がありました。Tokyo2020でも同様の事がおきるでしょう」と答えるのは歴史家系専門家である。劇場型とモゴモゴ型の中間あたりに位置する。個人的に上記3つより良心的だと考えられるのが、しかしこれもどうだ?かっこいいのかなぁ。。。

まとめると、専門家であることを口実に、現在と過去から、オリュンポスの神々のごとく超然とし客観的な評価を下せると妙な自信を持つ専門家がいる。専門家なら3年先を見通せると期待する専門外の人がそれ以上に多くいる。
それぞれの自信と期待の乖離が今後どこかで爆発することが2つめの不安だ。


なんのオチもないが、現時点での私の結論はこうなる。
  • サイバーセキュリティ専門家の仕事は楽しい。まだまだ知らないことだらけなので謙虚に勉強を続けたい
  • 未来について、世間からの問いに答えるという仕事は専門家の重要な役割ではあるが、劇場型になるつもりもない私自身の役割は少ない
  • だから誰かの問いに答える専門家から、自ら問いを立てる専門家に変わっていく必要がある

オリンピックが終わったあとぐらいにこの記事を読み返そうと思う。

備考:
ここでいう専門家とは自分が世界で一番くわしいといえる何か特定の分野/能力を持っている人のことである。その分野/能力をたまたま居合わせた現場の経験を昇華することによって得るのが専門家であり、最初から前人未到の領域を探して突き詰めていくのが研究者と分けて考えている。

写真に意味はない




Mar 6, 2017

2月の光景

2017/02/02
午後、神谷町にあるオランダ大使館へ。大使館というと警備厳重というイメージだがオランダ大使館はのんびりとしていた。

2017/02/06
写真スタジオに行きプロに写真を取ってもらう。待合室にはいくつか子供向け絵本がおいてあった。白雪姫の話は絶妙な挿絵のおかげで、「最後は美人が勝つ」という身も蓋もないメッセージに思えてしかたない。



2017/02/07
夜電話会議。秋にアフリカで行うイベントの企画会議。候補はモーリシャスとタンザニアの2つだ。それぞれに話を聞いて、3月頭には決断するのが僕の役割。仕事がやりやすく、アクセスが良く、キレイなビーチもあるモーリシャス。対するタンザニアはあれこれ大変だけれど、同時期に他組織主催のイベントが予定されており、アフリカ各地から多くの参加者を集めたいという我々の目的に適っている。

2017/02/09
会社の歓送迎会。この組織も人が増えたなぁ。

2017/02/10
麻布十番で国際会議。あたりさわりのない発言に終始しがちな公式会議も時と場合と参加者のメンツによっては非常にエキサイティングな感じになる。不謹慎かもしれないが楽しかった。

2017/02/13
フラッシュボーイズ」図書館で邦訳を借りて呼んだがおもしろかった。
そもそも我々が通信をするときには100分の1秒単位の速度の違いは誤差だが、本書ではナノ秒(10億分の1秒)単位で通信速度を求める人々が描かれる。高速取引事業者と呼ばれる彼らはそのスピードを武器に、株式市場の売り注文と買い注文を先回りすることで利益を出す。これを可能にするのはアメリカに複数ある株式取引市場と投資銀行が抱えるプライベートな取引所「ダークプール」という複雑な構図である。
本書の後半では、高速取引を打ち破るためにIEXという「あえて遅延を発生させるダークプール」を立ち上げる主人公たちの物語である。何でもないコードを持ち出した従業員を企業秘密の漏洩として訴えたゴールドマン・サックスが、自らは高速取引の勝者とはなれないという打算のもとに、IEXでの取引量を増やすところで本書はおわる。
本書には描かれないが今でもIEXとその創業者ブラッド・カツヤマ氏は現役で、IEXは2016年に米証券取引委員会が認める証券取引所に出世したそうだ。

2017/02/14
夜結局合計3時間電話会議。決める内容の多さというより参加者の遅刻が目につく。

2017/02/15
自宅の一部で無線LANの接続がきれやすい。無線LAN中継器なるものを買ってみる。シグナルは強くなったが果たして効果あるのか?

2017/02/17
夜ニューヨークと電話会議。なかなか重い話が多く、気が滅入るので携帯をもって家の外を散歩しながら。

2017/02/18
最近行き帰りの通勤は本をよまずにAbemaTVで麻雀を見ていることが多い。RTDマンスリーリーグは解説含めて麻雀に集中できる工夫がいい。こうやってビジネスを成功させつつ、自分の極めたいことを追求できる藤田さんは真の成功者って感じがする。

2017/02/19
バレンタインデーです。

2017/02/21
タイの大学院生御一行を日本のIT企業にご案内。ゲーム開発の話を聞きたいという明確な目的があるのは良いが、アレンジはなかなか大変だった。受け入れ先企業の方のご厚意で有意義な半日。

この日は電話会議が合計7つあった。部屋に篭って、机の上にパソコン2台、携帯2台をおき常に臨戦態勢。遅刻の連絡、会議システムに入れない、PINがわからないなどの連絡が電話会議真っ最中にFacebook、Slack、メール、携帯電話、Skypeなどにバンバン入る。
この日の教訓: 会議と会議の間に10分でいいから時間をいれるべし。何もなければメモを残したりする時間に使える。

2017/02/23
遅めに出社、昼過ぎに成田へ。ホーチミン出張

2017/02/24
APRICOTの会期中に行われているSecurity Workshopの最終日を見学させてもらった。APRICOTでは2006年以来だろうか。いろんなところでAfriNICと無意識に比較してしまう。APRICOT/APNICよりもはやAIS/AfriNICのほうがもはや身近に感じる。
夕方に同僚とベトナムコーヒー屋で一服。日本は今プレミアムフライデーなんだってさ。

2017/02/25
APCERTの運営委員会。途中抜けだしてAPNICのイベント担当者と秋の台中で行われるAPNICとFIRSTとのイベント共催について議論。
APNICは色んな意味で雰囲気がのどかである。
夜は有志でローカルなレストランへディナーに行く。

2017/02/26
FIRST TCに参加。というか主催者の一人である。
会場外のテーブルで受付をしながら、昨日の打ち合わせの議事録作りと台中でのイベントの企画書づくり。Macbookだとタッチパッドで総ての作業が完結できるが、Let’s Noteだとマウスが欲しくなる。今回は出張にモバイルマウスを持ってきたが、この企画書づくりで大活躍だった。
別の同僚がプレゼンを無事終えたのを祝して夜は3人でディナー。
その後空港へ。あ、ホテルにダウンジャケット忘れた!

2017/02/27
朝6時、半袖ポロシャツで成田着。帰りの機内では爆睡していて、起きたら既にドアが空いていた。慌てて降機したら、機内にKindleと腕時計を忘れる。
脳が動いてない。出勤途中の皆さんの「あいつなぜ半袖?」という視線を感じつつ、やっとのことで帰宅。寒かった。
夜アフリカ関係者と電話会議。大分つまってきた。相変わらず取引先が全然時間通りに現れないのが気になる。こういうところで遅れる人は大事なところでも遅れるという経験あり。



路上でお坊さん風の人につかまり、<途中省略>、1000円とられる
冬晴れの空

Feb 20, 2017

1月の光景



トランプの就任演説を見る。中継では合間にトランプの就任を心から喜んで、演説を聞きに来た人たちが映しだされる。その嬉しそうな笑顔を見ていると、当然のことではあるがトランプの政策を支持し、「アメリカをもう一度偉大な国にしたい」人が沢山いることが伝わってくる。分断されつつアメリカをトランプはどう治めていくのだろうか?そして世界はどう変わっていくのだろうか?
期待よりも不安が大きい。

関連して、制度としてのアメリカ大統領について論じる待鳥 聡史著『アメリカ大統領制の現在』という本がとてもおもしろかった。世間で信じられて強いイメージと裏腹にアメリカ大統領には憲法・米国法において権限がないということを明らかにし、権限が無い中で議会への働きかけ、一般国民への訴え、大統領令など大統領の使える作戦を細かく論じている。


2017/1/1
31日の夜実家を抜け出して近所の神社にお参りに。コンビニでコーヒーを買っているときに年があけたようである。いつも通りのお正月。時間があったのでお墓参りにもいってきた。 

2017/1/2
母方の祖父母宅に年始の挨拶。次回はきちんとお年玉袋を持参しないといけないなと反省。

2017/1/3
一昨年亡くなった祖母の遺影と前から飾られていた祖父の遺影、大きさも額の質感も違うのが気になっていた。おそろいの額を購入し、写真の大きさを揃えて、仏壇の上に並べて飾る。うん、いい感じ。

2017/1/4
長野から東京への新幹線。

2017/1/5
仕事始め。年の瀬にアメリカ政府機関が公開した「ロシア情報機関が大統領選挙のさなかにサイバー攻撃をしかけた」という趣旨のレポートの中身が稚拙なことに驚く。政府はきちんと機能しているのだろうか?
夜、電話会議今年一回目。

2017/1/6
長年使ったソフトバンクをやめて、IIJmioという格安SIMに移行。「みおぽん」というアプリで高速通信のON/OFFを切り替えられるのが面白い。とりあえず何の問題もなく快適に使っている。(2月頭に請求がきた。基本料金は1900円とまさに格安だがしかし通話料で2600円かかっていた。それでもソフトバンク時代の半額以下だが、意外と通話料がかかるのだなぁ) 
大学の図書館前にあるカップラーメン自販機。今月2度お世話になる

2017/1/7
色々と買い物。布団と長年愛用していたコートを買い替える。今度は軽さと動きやすさを重視したダウンジャケットである。
このあたりで家族がインフルA型に感染し、バタバタする。
 
2017/1/10
知日派でしられる米国の要人を招いたワークショップに参加。4月から何か新しいことが始まるようで楽しみである。ワークショップを終えてビルをでるとキャンパス内にたくさんの黒塗りの車が停められていたのが印象的。 

2017/1/13
午前、大学院の打ち合わせ
午後、業界団体が主催する山口先生の追悼ライトニングトーク大会というのに参加する。話すよりも写真を見てもらったほうがいいだろうなと思ったので
喋らないライトニングトークになった。よかったんじゃないかな。

2017/1/14
ホームセンターへ。寝室の模様替えのために色々と購入。寝室が一気に快適になった。

2017/1/15
午後来客あり。途中で同僚から電話があり、急遽トラブル対応に。久しぶりに焦る。

2017/1/16
10時から田町で打ち合わせの予定だったが、前日のトラブル対応のためキャンセル。
やれることはやった。

2017/1/17
深夜の電話会議。翌4時位に寝る。

2017/1/19
借りていたビデオカメラに撮りっぱなしになっていたデータをパソコンに取り込んで整理。ついつい動画に見入ってしまった。

2017/1/21
大学院セミナーのため藤沢へ。この片道2時間はなんとかならないものか? 同門の後輩が無事博士候補になった。おめでたい。自分も頑張らないと。 

2017/1/22
夜羽田からフランクフルトを経由してスペインのバレンシアへ出張する。

2017/1/23
羽田ーフランクフルト間をビジネスクラスにアップグレードできたので比較的元気な状態でスペインについた。この国Uberは使えないらしい。
軽く仕事をしたあと、日本から参加している元同僚と早めの夕ご飯を食べてから、公式ソーシャルイベントに向かった。水族館を貸し切ったパーティーは素晴らしいが、ご飯が少なくて腹減った。 
 

2017/1/24
FIRST Regional Symposium初日。バレンシア地方政府の長官と会場を提供してくれた大学の学長がイベントの口火を切ったのは意外。FIRSTという組織に対する外部からの熱い視線を感じる今日このごろである。 
出張前に同僚と「バレンシアだけに街中にオレンジがあったりして?」などと軽口を叩いていたのだが、実際のバレンシアにはいたるところにオレンジの樹があって、見事な実がついている。恐れ入りました。

2017/1/26
昼アフリカの取引先が多分に感情的なことで揉めていると聞き、当事者3人とそれぞれ電話会議。それぞれに言い分は正しいところがある。特にお金に関連するところは僕自身が知らないことが多く、余計な口出しはできない。 
 
2017/1/28
帰国の途に就く。義理の姉が出産のため入院したそうで心配。

2017/1/29
午後空港到着して、昨夜姪っ子が無事生まれたことを知る。よかった。
病院に顔を見に行きたいところだが、深夜フライトでシャワーも浴びておらず、今日は家で休むことにする。

2017/1/30
いつもの仕事に加えて、来年度の計画を考えるのに若干頭をつかう。
午後時差ボケで大分眠くなる。多分脳みそ動いてない。 




バレンシアの中央マーケット。海の幸も肉も新鮮でほんとうに豊かな食生活が伺える。ドライトマトパックを1ユーロで購入

パエリア用のお鍋