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Mar 15, 2013

イイね!のインフレーション


イイね!インフレーションが起きている

私がFacebookを使い始めたのは2006年のことである。その頃からのFacebookユーザには是非自分のタイムラインをさかのぼっていただきたい。気づくはずだ、その当時Facebookでイイね!はほとんど使われていなかったということに。イイね!ボタンはあった。しかし我々は律儀にコメントしていたはずだ。たとえそれが「いいですね!」の一言であっても。

翻って2013年、街にはイイね!があふれている。「あー、仕事大変!」というぼやきに10イイね!、ありふれたラテアートの写真に50イイね!結婚でもしようものなら100イイね!は堅い。
昔なら5つイイね!を押してもらえたら、ちょっと優越感に浸れたのに、いまや「え?10イイね!だけ?」と感じる始末である。明らかにイイね!の価値は下がっている。

イイね!インフレの要因

イイね!インフレは直接的にイイね!の供給過多によって引き起こされた。ではなぜイイね!が供給過多となったか?理由を考えてみたい。

イイね!労働人口の飛躍的増加
2006年、それはMixi黄金期であった。Facebookは英語でかかれたよくわからないサイトというのが巷の評価だった。当然ユーザは少ない。ユーザが少ないと言うことは知り合いもFacebook上に少なかった。
それが今や一億総Facebook時代である。市長の号令で、市のホームページまでもがFacebookにつくられる時代である。私のネットワークにはずっと音信不通だった中学の同級生、マレーシアの山で一度あっただけのノルウェー人バックパッカーまでいる。
2006年とくらべて私のFacebookへの投稿を目にする人の数は確実に増えている。多くの人と繋がっている、ゆえにイイね!が積み重なる。

イイね!の質的変化
イイね!を押す我々の心境も変化してきた。
  • うーんコメント考える時間がないな、とりあえず押しておこう。→ コメント面倒イイね!
  • 田中部長またヨサゲなレストランにいった時の写真をアップしてる。たまには部下におごれよ?まぁいいや、ポチ→接待イイね!
  • なになに、アフリカには飢えている子供が今も、ふーん・・・一応社会問題に興味ある姿勢示しとくか、ポチ→公共イイね!
大してイイね!と思っていなくてもイイね!を押してしまう。人間とは面倒くさい生き物である。

イイだろう!の増加
私生活のあれこれにイイね!の数という見た目に明らかなインデックスを与えられた我々は、どうせならイイね!してもらいたいと考えがちである。
その結果、受け手の目線を意識した、イイね!が増えそうな内容を書き込みがちになる。
書きっぱなしのTwitterが馬鹿発見機となり、Facebookがリア充アピールの巣窟となった原因は、受け手の目線をどれだけ意識しているかの差が生み出した。

イイね!強迫症などの増加
最近私は、近所のバーテンダーさんと友達になった。彼はチンプンカンプンのはずの情報セキュリティの話であってもかならずイイね!してくれる。
これは接待イイね!ではないか?心優しく、仕事の忙しい彼に余計な気を遣わせているのではないか?そう心配した私は、直接彼に伝えた。「毎回イイね!を押す必要は無いんですよ。」と。いつも通りの穏やかな笑顔で彼はニッコリと応じた、「僕、そういう性分なんです。」と。
イイもワルいも関係ない、とにかくイイねを押さねばならない。そういう思いに駆られる人はもはやイイね!強迫症と呼ばれてしかるべきだ。マジメで几帳面な人にその傾向が顕著だ。
マジメなだけにイイね!を地道に量産する。インフレは加速する。

ノールックイイね!
日頃の生活を振り返り、殊勝な心がけを割と長文で書いたとき、イイね!がすぐに3つもついたらうれしいものである。誰がイイね!をしてくれたのか確認する。
私はそこで、3人がフィジー人とスーダン人とケニア人であることを知る。な、なぜだ?もちろん誰一人日本語を読めない。
賭けてもいい、彼らはノールックでイイね!をたたき込んだのだと。世界は広いのである。

Facebook社によるイイね!緩和
本来イイね!の適切な価値を維持する役割を担う、Facebook社は意図的にイイね!安を引き起こしている。
たとえば先日のFacebookアプリのバージョンアップでイイね!ボタンが目立つ位置に大きく表示されるようになった。もっと気軽にイイね!してくださいというFacebook社の姿勢の好例である。その様はどこぞの中央銀行が金融緩和にひた走る様を彷彿とさせる。
「イイね!の番人」たるべき場を統べるものが、適切な価値を維持する役割を放棄し、ここにインフレは暴走機関車の勢いで加速する。

そして始まる「どうでもイイね!」時代

このおそろしいイイね!インフレの行き着く先にはどうでもイイねシンドロームが待っている。イイね!100個なんてなんて日常茶飯事、どうでもイイね!と感じられる時代である。ユーザーは常に新しい刺激を求めるのだ。
一度イイね!を緩和したFacebook社にインフレを止めるすべはない。シリコンバレーの優秀な頭脳を結集し、彼らはユーザを飽きさせないためにイイね!の増量を決意する。
そして、とてもイイね(イイね!2つ分)ボタンを導入し、さらにはゴールドイイね!(イイね!5つ分)を始める。
あとは10年に一度のイイね!(イイね!10個分)、10年に一度のイイね!をさらにうわまわるイイね!(イイね!15個分)、人生最初で最後のイイね!(イイね!100個分)と転落していく。最終的にマンモスイイね!を導入した直後に、サンミュージックの優秀な顧問弁護士により訴えられ、これを機に王国は崩壊するであろうというのが私の見立てである。

げに恐ろしき「どうでもイイね!」時代を生き残るにはどうしたらよいか?

簡単である。Mixiにもどるのだ。あのどうにもパッとしない、もっさりとした、しかし暖かいオレンジの世界に我々は帰るのだ。


最後になるが、このポストに関しては皆さん全力でイイね!を押していただきたい。お付き合いでもノールックでかまわない。そう私は細かいことは気にしない。しかしイイね!の数は気になる人間なのである。


お詫び:
2013年3月14日に公開した、イイね!のインフレを指摘するレポートにおいて、一部インフレをデフレと誤記しておりました。お詫びして訂正いたします。
なお、かような初歩的かつ重大な間違いを含む文章について既に11のイイね!をいただいており、図らずも筆者が指摘する、ノールックイイね!が(筆者の想像以上に)はびこっていることが証明されました。
イイね!中央銀行 チーフエコノミスト 

Feb 9, 2013

インフラを想う3冊 (本をまとめてオススメしてみるシリーズ)


おもしろい本だけど、一冊だけ読んでも輪郭が浮き上がってこない、パンチが弱い本がある。人にはオススメしにくいのだ。そういう本の中で別のなにかと組み合わせたら面白いと思えるものを紹介してみようと思う。僕にとって「鴨とネギ」でも、みなさんには「梅干しと鰻」なのかもしれないのだけれど。

インフラを想う3冊



一冊目の定刻発車はJRの鉄道システムが如何に発達し、現在の安定した輸送を行っているかを調べたノンフィクションである。著者が現在の鉄道の運用に欠かせない中央司令室を見学した際の描写は臨場感があり、なかなか心踊るものがあった。

本書のタイトルが問うている「なぜ正確なのか?」については、路線・車両・スタッフという有限資源をつかって、より多くの乗客と貨物を運ぼうとするには、ダイヤを作成しその通りに運用するというのが最善だからという趣旨の説明がなされていた。
多く運びたい、だから正確にしないといけないのである。インフラが貨物乗客の増加にあわせて進化し続ける生き物のように描かれ、守る仕事の難しさが伺える。

二冊目の空白の天気図は太平洋戦争の終戦期に広島の気象台の人々がいかに観測データに穴をあけないように努力したかを綴ったノンフィクションである。終戦時と広島というキーワードから予想できるように、原爆が投下された直後の広島が舞台だ。壊滅的な被害を受け、生き抜くことすら難しい状況のなか、それでも気象台は気象観測を続けた。急性放射線障害の後遺症で仲間がひとり、またひとりと倒れる中でも、時に家庭を犠牲にして観測の数字を積み重ねていく。。

天気予報を社会生活のインフラとするかは微妙なところであるが、予報の元となる気象データを日々記録し、後世に残していくことは我々の生活の基礎となっていると思う。時々、メディアで「観測史上最大の・・・」という前置きのニュースを目にすると、この非常事態にあっても後世のためにデータだけを残した人々のことを思わずにいられない。(というほどではないが、時々思い出す。)

ただし本書を読む限り、職員が絶えず観測を続けられた理由の一つに崇高な使命感があったのはもちろんのこととして、片方では習い性、よく言えば日頃の訓練によって維持されているものの多さを感じた。「すげー爆弾おちたけど、まぁ今日もいつも通り仕事しようや。」という。


三冊目のローマ人の物語〈27〉はローマ帝国の水道や道路などのインフラを紹介している。著者はローマ帝国が敵対者を侵略し、新たに支配下においた際には、まずその都市からローマに通じる道を作ったという事実を紹介している。「すべての道はローマに通ず」という副題の通りである。

道路というインフラを設備することは非支配国とローマ帝国の人と経済を密接に結びつけることに成功し、帝国が長きにわたり繁栄を維持するのに貢献した。僕のような悲観主義者の視点から考えなければならないのは、ローマに通ずる道は反乱分子がローマに攻め入る道にもなりえたということである。
道はローマ帝国を侵略の危険に晒す行為でもあったが、ローマ人がそのリスクをとってもインフラを整備するという判断をしたのは、ありきたりな言い方だが勇敢だ。

一冊目からは二冊目と違い、この本でのインフラは周囲を飲み込んでいく開放性をもっている。そしてそのような開かれたインフラを持つ国が覇権を握ったということは、この本のローマ帝国が、そしてその後の歴史の中でも特に今日もっとも成功している通信インフラ・インターネットを支配するアメリカが、身を持って証明していると思うのだ。インフラを全面的に開放して覇権に近づく。そういう発想の転換を僕らが迫られる時期はそう遠くないはずである。

毎日のようにお世話になっている、電気会社・上下水道会社・ガス会社・運輸会社・佐川急便、そして何よりも私にインフラの大切さをちょいちょい再確認させてくれるソフトバンクモバイルさんに感謝しつつ、このとりとめのない読書感想文をおわりたい。

Feb 8, 2013

陰口を慎んだほうがよい理由


これといった思想も、特定の宗教を信じることもなく生きている自分ではあるが、一つだけ気をつけている事がある。それは人の陰口を言わないことである。
なんと当たり前のこと、と驚かれる向きもあるかもしれない。しかし世の中には陰口と悪口が大好きな人がいる。そして「人の陰口はよくない」と道德を全面に掲げて否定する人もいる。そのどちらもちょっと違うとおもうのだ。

まず陰口を言っても問題を解決しない。ちなみに、あなたが、誰かの行動に腹が立ったとして、それをその「誰か」がいない場所で第三者に伝えるのがここでいうところの陰口である。
陰口は「誰か」の耳に届かない。腹がたったことを直接「誰か」に伝えれば改善される可能性が1%はある。しかし陰口は「誰か」の耳に届かない。永遠に改善されない。

まれに「誰か」の耳に届くこともある。陰口が第三者を経て、たいてい尾ひれがついて、「誰か」に伝わる。これはもとの陰口の内容に加えて、人伝に聞かされるというダメージが重なり、「誰か」の気分を害するだけである。改善の見込みはゼロであるばかりか、「誰か」の信頼をなくす。

次に陰口はコストがかかる。お金がかかるという意味ではない。頭をつかうということだ。陰口を言うという行為は、時と場合と同席する人によって自分の意見を変えるのであるから、高度に知的な営みである。子どもは砂場で遊んでいる他の子に「くさーーい!」と叫ぶが、大人は居酒屋あたりで「課長、くさくない?ヒヒヒ」とささやく。大人が汚れてしまったわけではない。大人は知的なのである。だがしかし、大人には国際情勢から親戚の葬式から高血圧対策まで考えなければいけないことがある。せめて陰口をやめることによってもっと楽に生きればよいのだ。

なお、我々は聖人君子でないので腹が立つ事はある。その時は我慢すればいいのである。我慢の限界を超えたら、その時は面と向かって言ってやればよいのである。思えば小さいからこのポリシーをもっていた私は中学時代になんにでもずけずけ発言したことから「介入関与」という仰々しいアダ名を頂戴した。なんとなく「内閣参与」と響きが似てるので将来的に私もその程度までは出世するのだと思う。その後の人生においても、「毒舌な○○さん」「きっつい性格」どころか「ちゃぶ台返し○○」と言われる始末である。子鹿のはかなさとエグザイルのボーカルの頭に線がない方のスタイルを兼ね備えている私が、こんなヒドイ言われかたをされるのはひとえに「言ってまう」ポリシーのせいと思われる。そう、それ以外考えられない。うん。

話がそれた。

陰口は慎むべきである。それは道德の問題でなく、経済の問題である。陰口を捨てることで、あなたは世界が良くなるチャンスを得る。シンプルな世界を得る。もしかしたら「介入関与」というアダ名を得る。また愉しからずやである。

Dec 16, 2012

11月の光景

 さてさて11月です。霜月です姉さん事件です。

今月は半ばに結婚という大きな行事があり、忙しいというよりもなにか落ち着かない気持ちを抱えた日々でした。

11月2日、3日
職場の上司や大学の友人に心温まるお祝いをしていただいた。ありがたいこと。

11月7日
オーストラリアから友人があそびにきて、久しぶりに4人で食事。

11月13-15日
京都へ出張しました。紅葉シーズンまっただ中の京都でホテルの確保などが大変だったようですが、会議が始まれば、外にあそびに行く時間はないわけで。ここでもいつものメンツに祝ってもらったり、プレゼントもらったり。
15日朝は奈良にすむ古い友人と朝ごはん。元気そうでなにより。東京に戻ってきてくれるとよいな。

11月17日

結婚式+パーティー。冷静に振り返る余裕は未だになく。特に写真を見返すのが恥ずかしいです。近くから、遠くからご参加いただいたかた、家族親族には心より感謝。
というわけでさらっと次へ。

11月22日
スーダンへ出張。もうアフリカも慣れてきて、「(乗り換え入れて24時間かからずに着く)スーダンは近いね。」なんて余裕で構えていると、やっぱり現地では大変な目にあうのです。今回はアルコール厳禁の国であったが故、仕事の後の乾杯はコーラ、もしくはノンアルコール・ビールになってしまい、それが結構つらかったです。お酒を飲む方ではないのですが、「飲めない」と言われると飲みたくなる。人の欲とは不思議なものです。




うかい亭から見上げる東京タワー



こちらを見上げるH君



















トマトのおでん!?

蹴上とかいて「けあげ」、御陵とかいて「みささぎ」。京都の地名は風流です。

秋晴れの京都

インターネット閲覧制限の厳しさはマレーシア>インドネシア>>>>ミャンマー>>>>>>>>スーダンという印象

夜のナイル川と暗闇に浮き上がる「ホテル・カダフィ」隣国リビヤとの親密さをいたるところに感じる国でした。


旅は続く

Nov 18, 2012

10月の光景

いまさら、10月の光景。時間が無いので駆け足で。寒くなってきましたね。



久しぶりにKと渋谷で飲みに行く。やぎがいた。

ラオスで見たおそらくタイ語版MS-WORD。メニューに「あ」と書いてあるのが嬉しくて。

ISLSでISLA受賞記念のお話をさせていただく。日頃思うことをお話できた。その後別の会議で「あの時の話がおもしろかった」「おすすめポッドキャストを早速きいてる」と言っていただけて嬉しい。

実家からりんご。りんごといえば昔は圧倒的にフジだった。(たまに王林や紅玉) これは
秋映 というわりと新しい品種だそうで。

人生2回目の国内で一泊する出張。越後湯沢でお話させていただく。本当に体調が最悪で懇親会にいったら、会場にうずまくエネルギーに開始10分KOダウン。もうしわけない。
写真は同僚に教えてもらった「味らく茶や」のけんちんうどん。肉に見える具はすべて精進。疲れた体に染み渡る滋味深い一杯。

ラオスへ。現地で会ったこの道の先達が「この国は時間がかかる、短期ではなく、5年先を見て欲しい」とおっしゃられていた。メコン川で夕日をながめつつも、芽が出るに5年かかる花に毎日水をやり続けるのは自分の本分ではないのではないか?と自問自答する。

Oct 21, 2012

9月の光景

本来怠惰な私であるが、ブログの「◯月の光景」だけはきっちり翌月前半に書いていたつもりだ。今月はバタバタしていて書く暇がなかった。ちなみにこの記事についてはもはや誰かに読んでもらおうという意図はあまりなく、自分が前の月をちょっと落ち着いて振り返るためのものだが、それでもいつも通りのペースが守れないことにちょっとストレスをかんじる。

9月1日
もろもろ家の行事。田舎から両親が上京し忙しく過ごす。

9月5日
シンガポールへ。2年ぶりくらいだろうか?最終日にシンガポールの友人が地元のバーに連れて行ってくれた。嫌な予感はしていたが、やはりFlaming Lamborghiniというヒドイお酒を飲まされて撃沈した。


火をつけて上から落として、正直何がなんだかよくわからなかったのだが。

Garden By The Bayという近未来植物園がマリーナ・ベイ・サンズの裏にできていた。

9月8日
ガリガリ君コーンポタージュ味を食す。おそろしく忠実なコーンポタージュの味に怒りを通り越して畏敬の念を抱かざるをえない。赤城はすさまじい会社である。


9月12日
オーストラリアの人と会食。

9月後半
よく喋った2週間だった。

外国人を連れて浅草と秋葉原観光

久々にラーメン屋を開拓。煮干しラーメン。新宿 凪。ちじれた麺がスープと良く絡んでうまし。

家の近くのゲーセンでCool104に興じる。逃避である。
昼ごはんを食べてもどってきたら襟にてんとう虫が!と思ったらちっちゃいカメムシだったというオチ。
9月23日
iphone5発売。今回もソフトバンクのオンラインストアでゲット。iPhone4のホームボタンが効かなくなっていたのでそれが一番嬉しい。そしてAppleのマップソフトは評判どおり、最悪である。

9月27日
実家より果物届く。
この時期はまだフジには早く、送ってもらったのは陽光と秋映という品種らしい。おいしかった。

9月28日
弟夫婦に男の子生まれる。おめでとう!

9月30日
所要で銀座へ。

いくぞ10月。がんばれ10月。

Sep 8, 2012

8月の光景

今月はとにかく暑かった。僕はもともと夏休みをとるという習慣なく、観光地や交通機関が空いている秋口に休みをとることが多かったが、暑さに耐えながら仕事をするよりはすっぱり切り替えて遊び回ったほうが生産的だと思った。

8月3日
弟と目黒で焼肉。色々と話す。

8月5日
もろもろ準備のため都内を西に東に歩きまわる。
某ホテルの庭の錦鯉は立派だった。
ベルギービールの飲み比べ



チーズケーキおいしゅうございました。


8月17日
歓迎会および昨年度のプロジェクト打ち上げおよび個人的にもらった賞のお礼をかねて、みんなで焼肉に。おいしかった。ミニチュアラジコンヘリコプターをもらった。小さいのにちゃんと思った軌道を描いて飛ぶのはすごい。
ただし電池はすぐなくなる。
8月23日
あまりの暑さに長野に帰省。涼しい場所で昼寝をして過ごすはずだったが、実家が工事中で職人さんたちが出入りし、なおかつ家の中にシンナーの匂いが充満している。リフレッシュし損ねる。

母の友達が届けてくれたグリーンゼブラというトマト。これで完熟。
短い夏休み明けの週は毎日飲みに行く用事があった。

8月28日
 海外からのお客さんと神宮へ野球観戦に行った。ヤクルトの先発は石川。大学の時に一度くらいは野球部の応援にいけばよかったなぁ。

ビールの売り子はお札を綺麗に折って、写真のように持ち歩く。その目的は、、、わからない。


8月30日
 浅草へ飲みに行く。お目当ては東京スカイツリー。これはこれで綺麗だけれど東京タワーの骨組みを見せるライティングが僕は好きだ。同僚の赤ちゃんはいつのまにか一人歩きできるようになっていた。
ビールはグラスとジョッキとムサシから選べる。スカイツリーの634Mにちなんで一杯が634ml!
8月31日
アフリカの諸問題を取材してきたジャーナリストの方、NPOでアフリカの食育にとりくむ方、高校の同級生という変則的なメンバーで飲みにいく。共通項はアフリカという事くらいだったが、とても刺激的な話が聞けて、楽しかった。

Aug 3, 2012

自分メモ:出張の時の持ち物リスト

昨年のべ85日も海外出張したため、持ち物リストがだいぶ「枯れて」きた。というわけでその中から、絶対役立つお勧めグッズを紹介したい。2ch的に言うなら「海外出張のときにあると捗るもの」である。

フリースもしくはダウンジャケット
暑い国もあれば寒い国もある。暑さは服を脱げばなんとかなるけれども、寒さはたえがたいので、寒さ対策はぬからないようにしたい。どんな暑い国にいくときであっても室内は冷蔵庫のようにエアコンがきいていることがおおく、羽織るものは必須だ。3年くらいフリースをつかっていたが、最近発売されたユニクロのダウンはたたむととてもコンパクトになり、なにより軽いのでおすすめだ。
ダウンジャケットは遮光カーテン替わりにも使用できるすぐれもの



無印のパスポートケース
出張はとかく持ち歩く書類が多い。
パスポート以外にもEチケットの控え、ボールペン、マイレージカード、ホテルの予約書、クレジットカード、航空券、領収書の類、現地通貨、預けた荷物のタグ、入国に必要な書類、税関申告書、メモ帳などなど。
これらをカバンのいろいろなところに分散していたために空港でまごついたりすることがよくあったのだが、無印で売っているパスポートケースを買ってからはそんな煩わしいこととは無縁である。
パスケースはA4の紙が折りたためば入る大きめサイズでポケットがたくさん付いている。どれも旅行に必要な機能を考えこまれた作りになっている。
キーリングがついていてスーツケースの鍵などもおさまる。よくできてる。
もちろんTUMIやポーターはじめ多くのブランドが同様の商品をうっているが、無印のものは安い(1155円)のと、軽いこと、そして成田空港のターミナルで買えるところが特にポイントが高い。Webストアはこちら



アイマスク
エコノミークラスでの長時間移動は疲れる。にもかかわらず到着後すぐに仕事があって、機内できちんと寝ないといけないケースは多い。
機内で寝るために耳栓や消音ヘッドフォンを用意していたのだが、最近気づいたのは音をさえぎるより光をさえぎったほうがずっと眠りやすいということだ。アイマスクはとてもオススメである。
アイマスクをしているのはキャビンアテンダントにたいしての「私は寝るので起こさないでください」というわかりやすい意思表示にもなるので、食事などで起こされることもなくなる。
僕は昔もらったカタール航空のものを使い続けているが、高いものではないので買ってもいいかもしれない。



お菓子
具体的には野菜ジュースやキットカットのようなチョコレート菓子をかばんにいれて持って行く。出張中は生活リズムが乱れがちだ。そして時間通りに朝ご飯をたべられない場合、夜中に到着して近辺でレストランがない場合、空腹をまぎらわすためのお菓子をもっていると救われる。

インスタンス味噌汁もしくはインスタントお吸い物
僕はパン生活が続くとたいていアミノ酸が恋しくなるので、味噌汁もしくはお吸い物は欠かせない。加賀麩不室屋の宝の麩だと大変テンションあがるのだが、これは高いので持って行くとしても一出張につき一食分である。大抵はインスタント味噌汁である。なお気をつけるべきは割り箸も忘れずに持っていくことである。食器が一切ホテルの部屋で唯一見つかったストローを折って味噌汁の中のワカメを追いかけたことがあるが、あれはまさに徒労だった。

ドルとユーロ
カードが通用しない場面はいまだに多い。カード社会といわれるアメリカであっても、チップや少額のお昼ご飯などは現金が必要だ。いわんや途上国をやである。どこの国に行く時であっても予備にドルとユーロを10000円分くらい予備としてカバンに忍ばせている。日本円が両替できないときもあるのでここは必ずドルとユーロである。


僕には必要ないもの
逆にあまり持っていても意味がないと僕が思うのが、1)SIMフリー携帯と現地で調達するSIMカード 2)VISA、Master以外のクレジットカードの2つである。まず携帯だが、時差のある場所に行った場合、連絡は基本的に携帯よりもメールが便利である。そして僕が出張する場所ではたいていインターネット接続が保証されている。わざわざ現地で使える携帯を準備せずともSkypeの方が安くて音質がいいわけで。
次にクレジットカードだが、受け付けてもらえる率はVISAが最強で、だいぶ離れた次点がマスターカードである。他のカードは保険程度にしかならない。
あとは変圧器も最近のACアダプターはほとんど対応しているため必要に迫られたことがない。




出張持ち物リスト
というわけでまとめてリストにすると以下のとおりである。
◎は必ず持って行くもので、なおかつ機内に持ち込むもの
○は必ず持って行くもので、荷物を預ける場合にはその中にいれるもの
しるしがないのは仕事内容や出張先や季節などによって持って行くかどうか判断が必要なもの



衣類(ランドリーバッグに収納)
○下着
○靴下
○ダウンジャケットもしくはフリース
水着(兼短パンとして利用できるもの)
ヒートテック上下(寒冷地への出張のみ)
サンダル
ランニングシューズとNike+
帽子

スーツ(スーツ袋に収納)
スーツ
ネクタイ
ワイシャツ
革靴(もしくは革靴に見える靴)
ベルト

生活用品
◎メガネ
○コンタクトレンズ 日数分
○歯ブラシとフロス
○T字ひげそり
○ローション
○爪切り、耳かき
○割り箸
温泉気分になれる入浴剤
薬(正露丸と消化剤と整腸剤)
虫除けスプレーと蚊取り線香(マラリアなどの伝染病の危険がある地域のみ)
日焼け止め
お菓子
インスタント味噌汁

仕事用品
◎筆記用具
◎パソコン

◎パソコンの電源アダプタ

○名刺、名刺入れ

○会社ポロシャツ

○現地用携帯電話

○iPhone

○Road Warrior+小さいパワーケーブル

○充電器 (カメラ用、携帯用、iPhone用USB)

カメラ


その他小物
◎パスポート
◎パスポートケース
◎腕時計
◎イヤホン
◎アイマスク
◎クレジットカード
◎イエローカード(黄熱病などの予防接種履歴)
◎ 旅程表
◎マイレージカード
◎ドルとユーロを少々
○日本円少々
○控えの財布とVISAのクレジットカード
ノイズキャンセリングヘッドフォン
文庫本
ガイドブック/地図
ジップロック
折りたたみ傘

安全で快適な旅を!!!

Aug 1, 2012

7月の光景

7/1
久しぶりに森見登美彦の新作を読む。ペンギン・ハイウェイ。透明度の高いさわやかな夏の空気が漂っていてよかった。実際には東京はうだる暑さだったわけですが。

7/2
健康診断

7/3
出張続きで最近顔を出せていなかった業界の集まりに参加させてもらう。横の繋がりは自分の役割をわきまえるという意味において重要である。

7/4
誕生日お祝いディナー。今年もいい年になることを祈る。

7/7
人生3回目となるフィジー出張。前回は無力感に打ちひしがれて帰ってきたが、今回は手応えあった。あぁよかった。
海辺でのんびり釣りを楽しむ人々
空港近くを走る、さとうきび運搬のための鉄道

ごきぶりの出るホテルにかざられる絵。この場所にこの絵はきついです。

7/12
フィジーの首都スバにおける社交場とも呼ばれるBad Dog Cafeというバーに皆で飲みにいく。こっちの人は飲みに誘うとほぼ間違いなく「オッケー、いくいく」と返事をするが実際には現れない。その辺の感覚の違いをやっと肌で感じられる程度に感度がよくなってきた。

7/17
前日にフィジーから帰国。リハビリを兼ねたエライ人とのミーティングをさくさくこなす。この暑さでスーツ着るとか狂気の沙汰である。

GMOのオフィスは左側の絵がセクシーである。受付のお姉さんもモデルっぽい。
夜は新宿のホテルでISLAの表彰式に行く。こんなかしこまった賞をいただくのはもちろん人生初であり、最後になるかもしれないので、彼女を同伴。自分のしていることをそれなりに説明しているつもりではいるものの、こういう場に参加することで仕事の雰囲気をより理解してもらえたようである。欧米ではよく見るけど家族やパートナー同伴するのは大事かもね。
このような機会を与えてくれた皆様にこの場で感謝。

シャンパン堂々
7/17 表彰式でフレンチディナー、7/18 会食フレンチディナー、7/19 翌日のパネルディスカッションの打ち合わせをかねたフレンチディナー
大阪からきてくれたり、マレーシアからきてくれたりしてそれぞれに刺激的なディナーでした。ただね、、、、フレンチ確変で胃がつらいよね。

同じく7/19
3年ほど前に遊び心でつくってYoutubeにアップロードした動画が、ブログなどで取り上げられアクセス急増。
コメントがたくさんついてちょっと嬉しい。

7/20
久しぶりに母校に。いろいろと変わっていた。
こんなホールができている。
学食がおしゃれなカフェ風に様変わりし、メニューが「西郊の森」とか「常盤木」とか一見してなにもわからないものに変わっていたのが一番のおどろき。

7/22
フィリピンへ。東京に新宿、渋谷、池袋と大きな待ちがあるように、マニラもエルミタ、マカティ、ケソンなどとそれぞれ車で30分から2時間ほどの距離に街が点在している。問題は直線距離にして10km程度の移動が渋滞のおかげで恐ろしく時間がかかるということ。
車疲れし、最終日にタクシー代として250ペソ(500円)を払えばいいところを2500ペソ(5000円)払うという痛恨のお大尽。あー。
マニラは巨大都市です!
ジプニー。米軍の払い下げのトラックを改造した小型バスで庶民の足として使われている。現地の友人に頼んで一度だけ乗ってみた!
7/28
東京での仕事に復帰。フィリピンでのご飯を食べそこねるほどの小忙しい毎日のせいで絶対やつれた自信があったが、体重は一定。人体とは不思議である。




Jul 13, 2012

To: Tomoki Kuga , Subject: イソップ童話について


To: Tomoki Kuga
Subject: イソップ童話について

久我、元気でやってるか?こっちはあいかわらずだ。ゴキブリの出るホテル暮らしも板についてきた。

唐突だがイソップ童話の金の斧、銀の斧って妙な話だということに気づいたんだ。
「貴方が落としたのは、金の斧ですか、銀の斧ですか、それともこの普通の斧ですか?」という有名な正直さを試すあの質問って改めて考えると結構いいところをついてると思わないか?もしあれが金の斧と自分の斧の二択だったなら、美味しい話に目がない俺たちでさえも、価格差にひるんで普通の斧を選ぶ。ところが金と銀との三択だ。金に比べてちょっと安い銀の斧くらいなら、もらってしまってもいいと思えないか?
俺は気づいたんだ。こいつが神の巧妙な罠ということに。

つまりこういうことだ。あいつらは来る日も来る日も湖に人間が落としたおとしものを、探して歩きまわってる。
仮にも神なのに「ブクブクブクブク(湖から上がる)、おい人間、お前の落とした斧はこれか?」と聞くだけの単調な毎日なんて嫌気がさすにきまってる。もともとこの「遺失物回収及び人間への返還業務」ってのは神々の中でも下っ端の、入社2年目くらいの仕事だし、ごますりだけがうまい同期がちゃっかりバッカスなんかに収まって毎日酒池肉林を繰り広げているのを見た日には、惨めな気持ちにもなる気持ちもわからんでもない。

で、あいつらは「いっちょ人間をからかってやろう」と、こうなったんだな。最初はのどかな遊びだったんだ。湖底に転がっている流木なんかを持って
「ブクブクブクブク(湖から上がる)、おい人間、お前の落とした斧はこれか?」
「え?え?・・・神、おそれながらそれは私には木にみえるのですが???」
「ん?あれー!?」
なんてな。時には
「おお、それぞまさしく私の斧!ありがとうございます。これでな、こうしてな、エイ!エイ!ってこれ斧ちゃう!ただの木ー!」
ていうやり取りもあったんだろうな。とくに琵琶湖支店では。今思えばのどかな時代だったな。

やがて神はこの遊びにも飽きた。神はきづくわけだ。人間の葛藤する様を目の当たりにすることこそ至上ということに。で、試行錯誤の上で金の斧と人間が落とした斧の両方を持って行って「おまえの斧はどれか?」と問う形に一旦落ち着いたんだ。
俺は神ほど性格ネジ曲がってないがこれは確かに楽しいとおもうぞ。だって人間の前に、それさえあれば一生遊んで暮らせるエサをぶら下げるわけだからな。良心の呵責にすこしだけ耐えれば、その金の斧をてにいれられるわけだし。かくてこの「金の斧か落とした斧か」の二択で神は葛藤する人間を手玉にとって楽しんでいたわけだ。

久我、だがここで神は一つの誤算に気づく。人間が神の想像を越えて正直だったんだ。非公式に行われた調査では実に98%が自分の斧を選んでいたらしい。「せっかくブクブク上がってくのに、人間どもって意外と馬鹿正直でつまらんのう」「もっと葛藤を生む問はないのか」ということになった。
とりあえず二択から三択にするという大雑把な決定が、あまり現場をしらない偉い神々によってなされた。現場は金の斧と自分の斧にあと一つどんな選択肢を加えるか頭をなやませることになる。こういう大方針だけがふってくるという現場の悲しみ、俺は最近よくわかるようになってきた。まぁそれもよけいな話だ。本題にもどろう。

金の斧と銅の斧と普通の斧の三択は、金と銅と普通の鉄斧の一見して明らかな色の違いに、「あ、すいません、その一番地味な色の斧です。」と答える人間が続出した。最近よくメディアで草食系草食系って騒いでるけど、やはりその頃から人間は謙虚なものだったんだな。
仕方がないので、神は予算オーバーを承知で、金の斧とプラチナの斧と普通の斧の三択も試した。
「ブクブクブクブク(湖から上がる)、おい人間、お前の落としたのはこの金の斧か、プラチナの斧か、普通の斧か?」
これもアイデア倒れだった。普通の斧を選ぶ人間が続出した。出口調査したら「やはり金を取るのは気が引ける」というのに加えて「プラチナ?なにそれ?」「プラスチックでは木を切れないと思った」という感想が多かった。誤算だな。
ところで久我、俺はつい最近までプラチナってのは金より銀より安いものだとおもってたぞ。白金ていう字面からはどう考えても金になにか混ぜた安物の金属を想像するだろう。だから俺は悪くない。高級金属に安っぽい漢字をあてたやつが悪い。

まぁプラチナはさておき、神は次にダメ元で銀を試してみた。これが大ヒットした。つまり人間に大きな葛藤をそして神々に大きな感動をもたらしたんだ。
あとから考えれば話は早い、まず銀は色が人間が使ってる鉄の斧に似ている。もちろん瓜二つってわけじゃない。でも金の斧よりはだいぶ似ている。この色が人間に「これなら試しに銀の斧と答えて、あとで指摘されたら見間違えたことにして謝ればいいんじゃないか?」という葛藤をもたらしたんだな。
さらに金の斧と自分の斧の間に銀の斧というクッションをいれること。これが成功だった。金と答えるのは気が引けるが、真ん中の金より安そうな銀の斧なら、あわよくば。。。と人間が葛藤しだしたんだな。

これが金の斧と銀の斧の起源だ。

久我、オチもなにもない長いメールを読んでくれてすまない。だがこの驚愕の事実にいきついた俺はこうも思うんだ。俺たちは時に誰かを連れて焼肉を食いに行き、特上カルビは高いけれど並を頼むとけち臭いと思われるのが嫌だという卑しい打算から中途半端に「上カルビ」を頼んでいないか?あれは多分焼肉の神の罠だ。そして寿司の神もえげつない。俺はこの前寿司屋でウニを頼んだが「前浜ウニと上ウニもありますけどどうしましょう?」という板前の形をした神に選択をせまられた。世の中神だらけだ。どうせ上カルビとカルビなんてたいして違わない。ていうか前浜ってなんだ?白浜より遠いのか?こいつらは多分湖の神と同じ思考回路で俺たち人間をもてあそんでいる。

だから久我、せめて世界で俺たち二人だけは、並にぎりを大きな声で頼める人間でいたいと思わないか。最後に久我、でもお前のおごりで行くなら絶対に特上ネギタン塩を頼もうと俺は心にきめている。

小宮山