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Jul 14, 2011

インストールメモ

Snow Leopardの入ったMacbook Proをとりあえず使える状態にするまでのメモ。走り書き。

データ復元


Migration Assistanceから文書ファイルのみをリストア
今回はTime Capsuleにとったバックアップを使用

システム環境設定


- Docks -> enable Magnification
- Enable Spaces
- Security -> require password "5 min" after sleep
- Security -> disable Location Services/Remote control infrared receiver
- Security -> Firewall -> enable Firewall, enable stealth mode
- Keyboard -> set Key Repeat Rate fasteds, set Delay Until Repeat shortest, turn on Use all function keys, swap ctrl and caps lock
- Keyboard -> Keyboard Shortcuts -> select the previous input source = command + space, spotlight検索= option+space
- Trackpad -> scrolling speed, tracking speed を少し早く。 dragging, tap to clickを有効
- Sharing -> change hostname
- Accounts -> advanced option -> login shellをzshに変更
- Date & Time -> Clock -> Check Use 24-hour clock, check show date and show the day of the week

アプリケーションインストール



Appstoreを起動しアプリケーションインストール (caffeine, Kindle)
Firefoxとアドオン, Chrome
Adium, Tweetdeck,Skype, Dropbox,Picasa
GarageBand, Facetimeなど使わないアプリを削除



アプリケーションの設定


アプリの設定 (Termnal.app, Mail.app)
コンソールの設定(.zshrc .screenrc .vimrcをコピー)
Xcode, Wiresharkインストール
Macportインストール -> ffmpeg, python3のインストール


 

 

Jul 4, 2011

6月の光景

突然言い渡される節電の夏、皆様いかがお過ごしでしょうか。とりあえず6月の自分の生活を振り返ってみたいとおもいます。

まずはアフリカへいってお仕事しました。ケニアの後はタンザニアという国にいったので、あの有名なキリマンジャロを見れるかもとちょっと期待してたのですが、タンザニアはそれなりに広大な国で、ダルエスサラームから見えるわけも無くがっかり。完全に諦めていたら帰りの飛行機で雲の上に見えている姿を発見し、感動しました。

[caption id="attachment_2410" align="aligncenter" width="600" caption="雲の上に頭を出す、キリマンジャロ山"]雲の上に頭を出す、キリマンジャロ山[/caption]

アフリカの仕事は全体的にタフです。今まで世界中いきましたが、アフリカはただ生活するだけでもちょっと大変な上に、仕事をやり遂げようとするともっと大変になります。情熱と諦めとユーモアのバランスが要求されます。苦手です。一緒に仕事をしている人の姿が大変勉強になるので、色々と盗んでいきたいと思うわけです。

[caption id="attachment_2409" align="aligncenter" width="600" caption="見た目は楽しそうですが、、、"][/caption]

アフリカでは普段見れないものが見えます。以下2枚は僕が見た、海にかかる透明の虹とクレセントムーンです。
日本にはない風土病(マラリア、黄熱病)などもあります。黄熱病は予防接種をしていきましたが、マラリア対策に蚊取り線香を持参しなかったことを深く後悔しました。マラリアは結構高確率で発症するようです。今回の国際会議で150人程度の参加者のうち3、4人が会期の終わりあたりでマラリアによる高熱で部屋で寝込んでいると聞きました。クワバラクワバラ。

[caption id="attachment_2414" align="aligncenter" width="600" caption="透明な虹"][/caption]

[caption id="attachment_2411" align="aligncenter" width="600" caption="クレセントムーン。丸い月の下側だけが明るい。見慣れないだけに気持ち悪い月。"][/caption]

日本に帰国したら梅のシーズンということで梅酒を漬けました(漬けたの僕じゃないけど)楽しみ。

[caption id="attachment_2412" align="aligncenter" width="448" caption="飲めるのは秋以降。もう待てません。"][/caption]

で、日本で5日どたばた仕事をしてからウィーンへ。ウィーンは本当にいい町です。EU圏の首都の中ではもっとも安全だと現地の人が行っていましたが、自由に出歩けるのが素晴らしいです。僕は自分の仕事の準備が後手後手だったことを反省しつつ、でもチームとしては多くの目的を達成出来た出張でした。特にチームのやる気ある若手2人が活躍したのが素晴らしかったと思う。

[caption id="attachment_2413" align="aligncenter" width="600" caption="街角もいちいち絵になるウィーン"][/caption]

ウィーンから帰国した翌日は弟の結婚式でした。山奥のレストランは地元の人ですら知らない穴場で、随所にこだわりが感じられました。素晴らしい。

[caption id="attachment_2408" align="aligncenter" width="600" caption="弟の結婚式:退場する新郎新婦"][/caption]

 

改めて振り返ると、移動距離がすごいです。東京と長野を二往復、そして東京→ケニア→タンザニア→東京の出張とウィーン←→東京の往復でした。体力的にはきつかったですが、弟の結婚式など前向きな行事ばかりで終わってみれば楽しんで乗り越えられた気がします。

震災から3ヶ月がたちました。様々なひずみが現れ、「原因と責任の追求」の名の下にスケープゴート探しと政争の匂いがする今日この頃です。「復興」のためにも僕は僕にできること、つまりはいつもの仕事を普段より少しだけ頑張るというスタンスを貫きたいと思います。

May 21, 2011

4月,5月の思い出

GWを使って4年ぶりに引っ越しをした。長らく使っていたスーツケース。脚ががたがたしていたダイニングテーブル、大事にしていた本、クリアしたゲーム、服、昔使っていたPalmやhpのiPaq、コンピューター3台、モニター1台、布団。みんな捨てた。
大きく吸い込む前には全部吐き出さないといけない。呼吸と一緒だ。そう考えれば空っぽの本棚もスカスカの引き出しも意味があるように思える。

[caption id="attachment_2398" align="aligncenter" width="300" caption="長年使った足裏をぐりぐりするもの。今回断腸の思いで捨てる"][/caption]

 

同僚の1人が退職し、母国に帰った。半年前から聞かされて、2人で退職に向けて準備をしていたので仕事にはまったくといってほど支障ない。ただ寂しくなっただけだ。とはいえ新しいメンバーも加わり楽しくやっております。

[caption id="attachment_2399" align="aligncenter" width="224" caption="別の同僚の熊本土産「アベックラーメン」を作った。おいしかった。これはあり!"][/caption]

 

祖父の米寿のお祝いに長野へ日帰り旅行をした。父方の祖父は僕がまだ小さい頃に亡くなったので、「おじいちゃん」というと自動的にこの祖父をさす。今後も祖母と2人元気に長生きしてくれることを願う。

[caption id="attachment_2400" align="aligncenter" width="300" caption="祖父が子供の頃の写真をデジタルフォトフレームにいれてプレゼントした。弟グッジョブ"][/caption]

 

4月の終わりにマレーシアのクアラルンプールへ出張した。マレー人と中国系とインド系のミックスとその根底を流れるイスラム文化が生み出す絶妙なマッシュアップと微妙な緊張関係と。マレーシアは楽しい国だ。

[caption id="attachment_2401" align="aligncenter" width="300" caption="屋台でお弁当うってた"][/caption]

マレーシアでもあちこちで日本への義援金を募っているが、下の写真は募金を使って折り鶴を折ってそれを日本に送ろうという企画の広告。ホテルのロビーにあった。
[caption id="attachment_2403" align="aligncenter" width="224" caption="被災地に千羽鶴がとどいたら悲劇だよ"][/caption]

アフリカに向けての準備は着々と。仕事のために黄熱病やらの予防接種を受けることになるとは10年前は想像だにしてなかった。写真の通り、黄熱病は緯度が高いところでは蔓延してない。

[caption id="attachment_2402" align="aligncenter" width="300" caption="病院に貼ってあった黄熱病確認地域"][/caption]

昨年異動したせいで出張が増えていて、7月終わりまで多分日本に半分くらいしかいない。そういう生活に自分が適応できるのか、経験がないので正直わからないんだけど、まぁやってみて考えることにしよう。

[caption id="attachment_2404" align="aligncenter" width="300" caption="前の家の近くのおいしいパン屋。いきにくくなったなぁ"][/caption]

May 3, 2011

犯人はみんなも知ってるあいつだ! 書評「檻の中の少女」


主人公が情報セキュリティのエキスパートという一風変わったハードボイルド小説「檻の中の少女」。出版社から献本いただいたので読んでみた。おもしろいので日本のセキュリティコミュニティの人は読んでみて欲しい。

話の筋を大雑把に説明すると、ミトラスという自殺志願者とトリガー(自殺者の背中を押す人)の出会いサイトがあり、そこではメンバーのメッセージのやり取りだけでなくお金や証明書のやり取りもされていて、怪しい人たちが集う場になっている。このサイトのせいで息子が自殺してしまったという両親が主人公に調査を依頼するというストーリー。ミトラスの仕組みを理解するまでは若干読み進めるのがつらい。

セキュリティ業界の人が書いているので技術、法律、実在する組織などの描写はダン・ブラウンの小説やその辺の大作映画よりよっぽど正確になされていて、「ん?」とひっかかるところがなく、安心して読める。それはつまり、一般読者には難解ではないかと心配してしまうが、著者も難しいのは仕方ないと割り切ってるのだろう。

物語には現実と虚構とその中間にある少しの虚構が入り交じっている
現実とは、たとえばシステムがC++とJavaの組み合わせでできているとか、勉強会の後にルノアールで懇親会をして、しかもお会計をきっちり割り勘するだとか、サイバーディフェンスの人が実名で登場しているだとかそういった事細かな点である。エンジニアが使い捨てられるだとか、日本のセキュリティの専門家が金融に弱いとか耳の痛い現実も含めて、筆者は残酷なまでに現実を書き上げている。
少しの虚構というのは例えばNISCっぽい組織であり、まっちゃっぽい勉強であったりする。物語の舞台となるミトラスも実在こそしないが、今後もないかといえば誰もが明確には否定出来ない。荒唐無稽というよりはバーチャルリアリティに近い。
そしてさらに完全な虚構が存在する。つまりは殺人事件であったり、「少女」の物語(ここは最後まで読まないとわからない)という物語の核である。

この本を僕がセキュリティ業界の人におすすめするのは、この小説の舞台が僕たちにとってあまりに現実的であるために自分があたかも登場人物の一人になった感覚になれるからである。
普通の読者は「少しの虚構」「完全な虚構」の2つのレイヤーを味わうが、僕たちなら「現実」を含めて3つのレイヤーを行き来しながら、物語の中に自分自身を見出すことができる。小説の主人公になり切るのではなく、主人公と協力して真相に迫っていく気持ちが味わえるのはこの本の醍醐味である。

この本がヒットしたらきっと業界の人と飲みにいく時に「檻の中の少女よんだ?」という話になるんだろう。多分みんなが「このセキュリティ業界に美人女子高生なんてありえない!」と本作最大の脆弱性に突っ込むに違いない。それはそれで楽しそうだが、僕は「和田」派であると最初にここで明言しておく。

Apr 12, 2011

ぼやき:関西弁のトラウ



パソコン整理してたら、関西弁のトラウマを赤裸々に語った手記が出てきた。ブログにはってみる。

 

あれは僕がまだ小さかった、小学校の低学年のときのこと
僕は長野に住んでて、よく家族でスキーにいってた
小さい頃からスキーをしてるので、小学生でも
結構滑れる方だった


で、ある日スキーに行ったら
そろいのスキーウェアの40人くらいの集団がいて
大阪からの修学旅行というかスキー旅行だったらしい
多分中学生


で、ゲレンデでやかましく騒いだり、派手にこけたりしてた
それを横目に普通にスキーしてたんだけど
たまたまゲレンデの途中で立ち止まって休んでたら
修学旅行生の1人がこっちにまっすぐ突っ込んできた。
よけようとしたら逆に正面衝突
そいつは僕の板の上を滑ってこけた。


で、起き上がってきたので、当然「ごめんなさい」とか
言われると思っていたら
その女の子が(女だった)起き上がってこっちを見据えていうわけだ
「どこにめーつけとんじゃ、このクソガキ」って!
いやー怖かったね。俺小学生だったしね。


なんで俺が突っ込まれた上に、怒られるんかと。


 


まぁそんなことがありましたが、僕が言う「関西弁怖い」は単なるネタなので、聞いたら「長野に引っ込め」と返していただければよろしいかと。

ちなみに2年前いった大阪の中心部はとても楽しかったです。

[caption id="attachment_2379" align="aligncenter" width="450" caption="このあと近辺でベタに串揚げを食べた。うまかった!"][/caption]

 


 

Apr 11, 2011

誕生日と3月の光景

最大の余震があった30分後に日が変わって4月8日、僕の誕生日でした。社会人生活もこれで10年目ということになるのかな。誕生日なんて関係ないと思いつつも、祝ってもらえるのは嬉しいものです。

祝ってくれた会社の人に突然抱負をきかれ、何も答えられなかったのですが、今年は「残る仕事をする」ことが目標です。原稿を書いたり、プログラムを作ったり、仕組みを作ったり。その場を埋めるだけの、流れては消えていく儚い仕事ではなく、きちんと誰かに何かを残していけるように。

さてさてこっからは3月の光景をいくつか。

[caption id="attachment_2360" align="aligncenter" width="600" caption="弟者にもらったメロン"][/caption]

[caption id="attachment_2367" align="aligncenter" width="600" caption="メガネをプレゼントしてもらったが、このシートを渡されレンズを選べっていわれてもなぁ"][/caption]

[caption id="attachment_2359" align="aligncenter" width="300" caption="ケーキをいただきました"][/caption]

[caption id="attachment_2358" align="aligncenter" width="450" caption="目黒川の桜はこの時期が見頃です"][/caption]

[caption id="attachment_2362" align="aligncenter" width="450" caption="最近ブームの戸越銀座の魚屋、安い、うまい!"][/caption]

[caption id="attachment_2363" align="aligncenter" width="600" caption="同じく戸越銀座の青森県のアンテナショップみたいなところでニンニク!袋で200円"][/caption]

[caption id="attachment_2368" align="aligncenter" width="600" caption="韓国の済州島へ。海は綺麗だけど寒すぎるよ"][/caption]

[caption id="attachment_2365" align="aligncenter" width="600" caption="昔よく食べた東中野「好日」のつけ麺。久しぶりに食べたけどおいしかった。"][/caption]

[caption id="attachment_2364" align="aligncenter" width="448" caption="大震災。いろんな漫画家が頑張ってたけど、これが一番!"][/caption]

 

 

[gallery]

 

 

 

 

Mar 20, 2011

地震と津波の話

大震災から一週間がたった。この先状況は徐々によくなっていくと信じているが、今は僕も会社の人もその家族も無事であることがわかり束の間ほっとしている。

改めて書くほどのことでもないが僕は「臆病」である。これは常に最悪の場合を想定することが求められる職業病というよりも、生まれ持った性格なのだろうと思う。東海村で起きた臨界事故の記録などを数年前に中途半端にかじったせいで放射能の恐怖が頭に植え付けられていた。だから地震直後から非常にびくびくして過ごしていた。冷静を保ってまわりに不安を与えないようにと自分なりに気は使ったつもりだけれども、恐怖心を隠し切れていなかったと思う。近しい人たちには申し訳ないと思っている。

[caption id="attachment_2354" align="aligncenter" width="224" caption="震災の日の夜。道を埋め尽くす車"][/caption]

これだけ多くを奪った震災に何か前向きなものを見出すとするならば、追いつめられた時に人の本性が現れることを実感出来たということだろうか。恐怖から攻撃的になったり、否定的になったり、盲目に何かを信じたりする人がいるなかでも淡々と事実を収集し自分の頭で考え続けることを止めない人がいた。普段は強がっているのにまっさきに逃げ出した人がいた。無力だけれども人の力になろうとしている人がいた。買い占めるのではなく買い与える人がいた。そういう土壇場の人間の行動をみることができてよかった。そして恐怖に負けず、社会人としての自分を保ててよかった。

震災の直接の被害にあった東北地方の為に僕なんかができることは限られているが、せめてもの気持ちで、ANAの義援マイルのサービスを使って自分の残りマイル全額を寄付してきた。長距離の国際線に乗りまくって、放射線を浴びまくってためたマイルの使い道にふさわしいじゃないか。

誰かがTwitterにいいことを書いていた。「みんな勘違いするな、今は世紀末じゃない。年度末だ!!!」
観念して年度末の仕事に戻ろうと思う。

Feb 25, 2011

海釣りと船酔いと会社と仕事の話

釣りにも海にも縁がない人生を送っているが、2年前に一度だけ先輩に海釣りに連れて行ってもらったことがある。季節は秋真っ盛り、僕らは岩手のとある湾でヒラメを釣りに行った。釣り船にのせられて30分ほど沖に出たのだが、その日は海が荒れていた。海は初心者にまったく優しくない。よく海に出ている先輩とその弟さんが「今日はひどい」といって気持ち悪くなるくらいの荒れ方なのだから、相当だったのだと思う。波は前から横から斜め後ろから釣り船をおそう。他の乗り物では味わえない3次元の揺れである。僕はあっという間に普段なら「運転手さんそこで停めてください」というレベルにまで気持ち悪くなった。が、そこは海のど真ん中である。このうねりから逃げるすべはない。絶望的だった。
そんな僕を見かねて先輩が助言をくれた。「こみやまさん、竿や手元や近くの海を見てはだめです。遠くをみて、そしてただ見るだけじゃなく遠くの一点を集中して見てください。たとえば遠くに見える、あの岸にある3角形の岩。あれだけをじっと見るんです。」 藁にもすがる気持ちで、僕は遠くの岩をひたすらに見続けた。船は揺れる、床は斜めになる、バケツは転がる。そんななか遠くの岸の1つの岩だけを見続けた。しばらくすると、自分でも驚くほどに、酔いがおさまった。遠くの動かない一点をみることによって、相対的に自分の姿勢がわかりやすくなり、三半規管が調整を行えるようになったというのがからくりだと思う。先人の知恵というのはすばらしいものである。見事船酔いから復活した僕はヒラメと鯖とおおきなアイナメを釣って、人生初の海釣りを首尾よく終えることができた。

さて、ここで書きたいのは釣りたてのヒラメの刺身がいかに旨いかについてではない。今の自分の状況とそれを生き抜くヒントを図らずもこの海釣りで得ていたということである。

エンジニアとして始まった僕の社会人経験はおよそ10年の旅をへて、岸をずいぶん離れた、潮のうねりが激しいところにさしかかっている。うねりは大小様々である。国内での選挙や海外の政変の変化によって引き起こされるうねりに翻弄されかと思えば、ものすごーく小さな人間関係の亀裂にあたふたさせられる。そして波はどの角度からもやってくる。スポンサーからも上司からも、上司の上司からも、同僚からも、海外の取引先からも。波はどれもユニークで、不規則で、制御不能だ。さらに数が半端じゃないときている。

こんなに波が激しいと、どうしても足下をみて、小さな波をみて、その一つ一つにそなえるようになってしまう。波に翻弄されているのである。このままでは激しく船酔いしてしまうこと確実である。

ではどうするか? 船酔いと一緒だ、遠くにある動かない一点を集中して見るのだ。たぶん僕の場合、遠くの一点というのは「誰もが安心してネットを使える社会」である。それがかなり遠いところにあることは知っているが、この際その距離はどうでもいい。そうやって遠くの一点を集中して見ていれば、手元や近くの変化に一喜一憂することなく、絶望することなく、驕ることなく、流されることなく、ぶれることなく仕事をしていける。 、、、いけるんじゃないかな?いけるといいな。

正直、もう帰りたい と思ってた時

なお、ヒラメや各種岩手の海産物のうまさについては以前書いたブログを参照されたい。

Jan 28, 2011

人前で話すことについて語るときに僕の語ること

先週からずっとトレーニングの講師をしている。改めて思うのだけれど人に何かを伝える仕事は難しいが、やりがいがある。自分で言うのもおこがましいのだがそういう人前で話す仕事では良い評価をもらうことが多い。恥ずかしいけれど、誰かの役に立つかもしれないので、僕が普段意識している基本を紹介したいと思う。


他人から預かった時間を大切にしたい


目の前にいる人たちはみな、忙しい中時間を作って僕の話を聞きにきてくれているはずである。だから同じことを伝えるなら話は短い方がいいと思っている。60分の枠があっても伝えるべきことを伝えたら早く終わらせたい。それには短い時間で効率的に中身を伝える必要がある。
だから準備には時間をかける。今でも新しいテーマの時は必ず本番と同じ時間のリハーサルをしている。当然だと思われるかもしれないが実際にはこんな基本をやってない人が多い。話していて「えっと、ちょっと前のスライドに戻りますが、、、」というように話とスライドの順序があっていなかったり、「あ、この数字はちょっと古いんですが、、、」みたいなことを本番で気づく人がどれだけ多いことか。こういう初歩的なエラー、時間の無駄遣いは声をだしたリハーサルするだけで100%防げる。
こう考えることもできる。発表前に僕が独りで30分頑張って何かを調べて本番で余分な話を3分カット出来たとする。その講演を100人が聞いていたら100人 x 3分 = 300分の時間の節約になる。僕が30分がんばるだけで、みんなの300分を別の有意義なことにつかえるかもしれない。そう考えると人前にたつ人の責任は重く、やりがいがある。

次に何をすべきかを提示したい


どんな時でも話には伝えるべきメッセージがあるはずである。「はずである」と書いたのは、社会人になってから間を持たせることだけが目的の止めどない話を聞かされることがあるからである。ちょっとかなしい。
だから僕は常に「これを聞いているあなたにこれをして欲しい」というお願いをするようにしている。何をお願いしたいのかを考えることがつまり伝えるべきメッセージを考えることになっている。

そのメッセージに対して「それは違う」などの反論がでることはしょうがないというか、むしろ一石を投じただけ価値があったと考えるべきだ。恐ろしいのは無反応で終わってしまうことである。

難しいことを簡単に伝えたい


専門家としての話を期待されているときに思うのは、難しいことを噛み砕くことが僕の存在価値であるということである。込み入った内容も工夫してシンプルに説明するように心がけている。専門用語や横文字を乱発し、聞いている人を煙にまく「自称専門家」は論外である。

分かりやすく伝えるためのこつは本質に関係ない枝葉を刈り取ることだ。そして枝葉と切り落としてはならない幹や根を峻別するためには伝える事柄を深く理解する必要がある。勉強を地道に頑張るしか無い。

ちなみにこの能力が際立っているのは最近テレビで活躍している池上彰である。あの域に到達するのは難しいとしても、近づくための努力はしなければならない。

できればかっこいいと思われたい


モテたいわけではないが、やはり嫌われるよりは好かれたいものである。話す内容は重要だが、それを聞いてもらうためにも「あ、こいつはなんか面白い話をしそうだな」と思ってもらえる雰囲気を作る必要がある。
笑顔であるとか、声量がちゃんとあるとか、場にあった服装であるとか、つかみのジョークとか。些細な心がけはきっと聞いている人にも伝わると信じている。

反響を謙虚にうけとめたい


講演の後に会場で参加者が行うアンケートなどの結果は真摯にうけとめてやろうということである。数多く寄せられる意見の中にはいわれも無い批判(と本人には感じられる)も含まれていたりする。自分が追求たりなかったと薄々感じていた箇所をずばり指摘されることもある。

こんなマゾヒスティックな行動をおすすめする理由は、面と向かって感想を述べてくれる人たちは大抵褒めてくれるからである。それだけを聞いていれば自分の講演や講義がうまくいったという錯覚に陥る。だが、実際には面と向かって僕を評価してくれたのは、100人の聴衆の中のたった2人なのかもしれない。それ以外の多くの人の意見を知るにはアンケート結果などに目を通すしかないのである。

3年くらい前に自分の講演に対するアンケートのコメント欄に「うわついていた。もっと落ち着いてまじめな話をできる人をよんでください。」という意見を見つけた時は悲しかった。分かっている。全員を満足させるような話は出来るはずが無いということはよく分かっている。それでもできるだけ良い方向に近づきたいと思うから、僕はアンケート結果を読んでいる。

[caption id="attachment_2335" align="alignnone" width="300" caption="たいてい恐る恐るみるアンケート結果"][/caption]

以上が、技術というよりは精神論に近い心がけ5つである。無理矢理に一言でまとめるならば聞いている人への敬意をわすれないということになる。スライドの作り方、話し方、外国語力などといった技術についてはいろいろな本で語り尽くされていることだが、それは相手への敬意という土台の上に初めて成立する話だと僕は思っている。

はてなは本当によくできていると思う

唐突だけれど最近ブログを書く機会が減っている。仕事がいそがしいとかいろいろ言い訳はあるのだけれども、大きな理由の一つははてな日記をやめて自前のサーバにWordPressを移してから「書くという行為」が億劫になったことである。

もちろんWordpressは本当に高機能で見た目もかっこ良くて、プラグインも豊富で言うこと無い。現在手に入るCMS(ブログアプリって感じ?)としては最高のものだと思う。だけどやっぱり「日々を日本語で記録するしかけ」としてははてな日記には遠く及ばない。それを実感した。

はてなが優れてるのは日本語の書きやすさと読みやすさだけが追求されているという点だ。スタイルで設定された行間のピッチやページの両脇のマージンなどが絶妙で読みやすい。そして自分の日記を見返しているときにワンクリックで加筆修正できるなどかゆいところに手が届く機能が標準で備わっている。はてな日記を使っている時には意識もしていなかったが、離れてみて初めて分かったはてなの地味なすごさである。

もう一つ今のブログに不満をもっているのはいかんともしがたいもっさり感である。理由ははっきりしている。僕のサーバがAmazonのEC2というクラウドサービスを使っていて、何をするにしても太平洋を越えて通信しているからだ。Amazonのクラウド技術の進歩の速さやそのソフトウェアの素晴らしさは認めつつも、Amazonはもうちょっとサクサク感を演出する対策をした方がいいのではとも思う。プログラミング言語のJavaは「なんかのろい」という最初のイメージを払拭するのに大分苦労してましたぜ?

そんなわけではてな日記に出戻ることを考えている今日この頃です。そして時間があったら最近読んだおすすめの本や美味しかったレストランなどを紹介したいと思う。

風邪をひいた


この2週間風邪をこじらせていて倦怠感というもののつらさをほぼ産まれて初めて味わっているところである。倦怠感はつらい。食欲があるのに食べれない。やる気はあるのに体が動かないというのがこんなにつらいとは思ってもみなかった。

会社の人や各方面に散々迷惑をかけつつも今は大分回復してきた。去年のラーメンのトッピングのほうれん草で食あたりして2日休んだ件といい、段々体は弱くなってる。意識して鍛えないと行けない年頃であることを実感した。