仕事柄、IT関連の報告書の類いを読む機会が多い。その多くは優秀な人たちが、長い時間と、大金をかけて調査し編集し、多くの人の査読を経た労作である。だが、残念な事にその内容は平凡で退屈なのである。技術はあってもメッセージがなかったり、その逆であったり理由は様々だ。
最近ではすっかりその状況に慣れてしまい、レポートとはつまり退屈な文章の呼称であると達観しかけていたのだが、数ヶ月前にすばらしいレポートを発見した。経団連の意見書*1である。
勝手に決める『2008年度 このレポートがすごい』
これがそのすばらしいレポートである。
実効的な電子行政の実現に向けた推進体制と法制度のあり方について
http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2008/082/index.html
行政の電子化について書かれたこの意見書は、あらゆる面で僕が思う良い報告書の要素をみたしている。一読して感動したので、この意見書の凄いところを具体的に解説したい。
短い
意見書は行政でのIT技術活用という非常に大きい課題について、具体的な解決策を提示しているのだが、レポートそのものはコンパクトである。さらにそれをA4 一枚にまとめた概要も公開されている。読み手を考えれば、レポートは短ければ短いほどよい。
短く簡潔に書くのは、技術と対象に対する深い理解と信念がいる。多くのレポートがダラダラと長いのは理解の浅さを示す一つの証拠である。
IT技術に対する深い理解と説明力
技術を深く理解する事と、それを畑違いの人に分かりやすく説明する能力を併せ持つ人は少ない。この報告書を読むと執筆者達がIT技術に対して深い知識を持っていながらも、それを噛み砕いて一般の人に分かりやすく伝えている事に驚く。
法律に対する深い理解
この意見書には付録として、モデル法案がおさめられている。「電子行政を実施するにはITだけでなく法律の改正が必要である。」と言うだけの意見書と、モデル法案まで添えて「こういう法律を作るべし」と迫るのは、説得力に雲泥の差がある。
鳥瞰的な視点を持つ
意見書の中に細かく書いてある訳ではないが、執筆者が海外の電子行政や日本の地方行政の現状まで幅広く理解していることが伝わってくる。多角的な視点を持つ事はよりレポートを書くための大切なポイントだ。
チームワークと個人の能力
この意見書は1人では書けない。法律の専門家、ITの専門家、行政の現場の意見、それらを集めて集約したのだろう。そうして書かれた意見書がパッチワークのように見えないのは、最終的にそれらをまとめて意味を持つ塊にする作業を、非常に卓越した能力を持つ1人の人間が行ったからだと推測する。
以上の要因により、この意見書では「日本の行政はかく電子化をすすめるべきである」というメッセージが非常に明快である。一つだけ残念な点をあげるとすれば、これだけの労作が世間の話題になっていない事であり、書いた人たちが正統に評価されていないと思える点である。世の中からやっつけ仕事のレポートをなくすためにも、よく書けているものはきちんと評価されるべきだ。
そして簡単に真似られるものではないけれど、今後自分がレポートを書くときには、少しでもこのレポートの域に近づけるよう頑張りたいと思うのである。
*1:ちなみに経団連の意見書全てがすばらしいかというと、そんなことはもちろんない。たとえば「首都直下地震にいかに備えるか」はパワーポイントの資料を写しただけのゴミのような意見書である。ただ平均点は世間のそれとくらべると高いと感じた。