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Aug 9, 2008

【奇跡の弟者】 弟者とほうれん草

極めて少数の読者にだけ好評な弟者シリーズ第3弾である。"弟者とほうれん草"と聞いて「弟者がほうれん草食べられなくてね~」といったほのぼのストーリーを予想された方はこのシリーズについて理解が不足しているので、復習してから読んでほしい。
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繰り返すが我が家は3人兄弟。それぞれの間が2歳、3歳違いで年も近い。兄弟ゲンカは日常茶飯事。特に夕食前がひどかった。成人でも空腹だと正常な判断力や他人を思いやる気持ちが半減するものである。いわんや人というよりはサルに近い兄者、弟者×2をやである。今振り返って、夕食前は"奇跡の弟者"のエピソードが生まれる、まさにゴールデンタイムであった。
これは兄者が小学校4年くらいのときのある冬の日のお話である。その日、兄者と弟者(大)と弟者(小)の3人は居間で仲良く夕方のテレビアニメをみていた。母者は台所で家族6人分の夕食作りでてんてこ舞いである。ひょんな事から兄弟ケンカになった。理由は覚えていないがこの日のケンカは長引いた。兄弟ケンカには明らかに潮時というものがあり、たいていの場合、お互いに空気を読んでゲームセットとなるわけであるが、この日はそうはならなかった。空腹のせいもあったと思う。空腹はあらゆる災いの元である。
ご近所まで響きわたる兄者と弟者(大)の奇声、もれ聞こえる弟者(小)の泣き声。長引くケンカに痺れを切らして、母者が居間に仲裁にやってきた。ケンカにも様々なプロトコルがあるがそのなかで最も強制力が強いのが「母者が出てきたら即解散、強制終了、Ctrl+Alt+Dlt」である。なにせ相手は世界の警察アメリカよりも敵に回すと怖くて、おせっかいな母者である。
が、この日のケンカは終わらなかった。母者が仲裁に入ってもなお、弟者(大)は強気にでた。「仲裁など必要ない、エルサレムは我々ユダヤ人に約束された地なのだ!パレスチナ人(兄者)は出て行け、アメリカ(母者)は引っ込んでろ」と。空腹のせいもあったと思う。繰り返すが空腹はあらゆる災いの元である。
頭に血が上った母者は咄嗟に手にしていたほうれん草で弟者をたたいた。その場にいた誰もが予想していなかったことに、ゴスッという鈍い音が部屋に響き渡った。弟者は静かにその場に崩れ落ち、一瞬の沈黙の後、大声で泣きながら悶絶していた。
「(ゴスッ?ほうれん草ならバサっとかパシって音がするんじゃないのか??)」
母者が手にしていたのは今夜の食卓に乗る予定のほうれん草だった。だいぶ前に下茹でされて冷凍庫でカチカチになったものだった。本来であればハリセン程度の攻撃力しかないはずのほうれん草が、凍ってこん棒と同じくらいの攻撃力になっていた。そしてそれがいたいけな弟者の頭部めがけて手加減なしで振り下ろされである。アーメン。
号泣する弟者(大)と「ただの葉っぱのつもりだった」と必死で弟者に謝っている母者の光景が目に焼きついている。そして今でも出来の悪い推理小説を読んでいて、「凶器は氷」だの「凶器は凍らせた七面鳥」だのと見るたびにあのときのゴスッという音が蘇ってくるのである。
しかしこの年になって振り返ると、茹でたほうれん草をそのまま冷凍しておくという行為に不自然さを感じる。そのまま食べるつもりなら都度茹でればいいわけだし。ひょっとすると母者は本気だったのではないか?ほうれん草ならあるいは過失致死くらいで済むと考えたのではないか?とも思える。
ともあれ、「ほうれん草で死にかける」などこれはもう奇跡。さすがは弟者というより他ない。